ここで会ったが百年目だぎゃ〜!
2004年4月13日うおっ!?
10000のキリ番踏んだのどなたでしょう?
もしリンクして下さっている方だったらご一報下さいネ、感謝の熱いキッスを送らせて頂きます♪
いやほんと・・・こんな駄文、いつも覗きに来て下さって有難うございます!!私の日記も人生も、あっちフラフラこっちフラフラしてますけどこれからも遊びに来てやってちょーーーっ!
さてさて
昨日。月曜日だけど仕事が休みの私は、名古屋に住む兄弟弟子(といっても女性)に会いに行ってきた。
京都からのぞみに乗って35分。なんて近いのかしら。
彼女・・・私よりもずっと年上で人生の大先輩、頼れる姉御。信じられないくらい超多忙な仕事を笑顔でこなしている人で、ものすごく強いパワーの持ち主だ。
去年1年間は、お互いのスケジュールが合わなくて1度も会うことができなかった。でもずっと気にしていて、いつも同じタイミングで「どうしてるかな」と思い出してはメールで近況報告をしていた。そしてやっと・・・本当にやっと、ゆっくり会うことができたのだった。
朝9時半に待ち合わせてから、姉御がどうしても仕事に行かなくちゃならないため6時に別れるまでの9時間半、私達はトイレの個室に入っている時以外はずーっと喋り続けていた。
会えなかった間の出来事だけでも話題てんこ盛りなのに、今年に入ってからの私がこれまた、10年分の盆と正月がいっぺんに来たみたいな状態でしょう〜?飲み物を口に運ぶ時間も惜しいくらいだったわー。
で当然、話題は今いちばん旬だと言える私の「卒婚」話に集中。
姉御は人生「百戦練磨」の達人だから、私の告白を聞いても全く動じない。それどころか、これまで色んな人に相談して励まして頂いたけれど彼女ほど痛快かつ明瞭に私達の現状&未来を提示してくれた人はいなかった!!
別に姉御は占い師や超能力者の類じゃないの。
ただ、彼女も私と同じ道を乗り越えてきた。それと回りに同じような境遇の人がたくさんいたのだそうだ。
それと、面白かったのが血液型で判る行動パターンの違いの話。
姉御と私はO型、姉御のアメリカに住むご主人とうちの相棒がB型で、もう大笑いするほど男性2人の反応が同じなの〜!
もちろん、たった4種類の血液型だけで決め付けられるほど人間は単純じゃない。でも、これまでの結婚生活で私が相棒に対して「理解できん。」と思っていたことに姉御も同じ疑問を抱いていたらしい。
そんな時、私の相棒に対するアプローチは強引過ぎたり突き放し過ぎたりしていたんだけど、姉御は夫の行動や反応をよーく観察して彼を立てることができた、見事な「理想の妻」だった。
でも、結婚2年目からアメリカと日本で別々に住まなければならなかった姉御夫婦・・・。それからもう10年ほどが過ぎ、今はメールやファックスでまめに連絡を取り合っているとは言え実生活ではもう夫婦とは言えない状態。「いつ離婚してもおかしくないんだけどね。」と笑う姉御は完全に自立している。
そんな姉御から出る台詞は豪快。それでいて正確。
「ダメよ!」
「おかしい!」
「違うの!」
姉御の、私に対する愛情たっぷりのダメ出しが心のヒダにつーんと刺さって、でもそれがすごく気持ちいいの。腹の底から笑いがこみ上げてくる。
きっとこうだろう・・とか、これで間違いないはず・・と意識の下のほうで感じていたことを、明るい太陽の下に並べて布団叩きで「パンパンッ!」とホコリを払ってもらったような気分なの!
今更ながら、相棒と私がお互いに対して求めていたもの・与えていたものがはっきりと見えた。悩んでも悩んでも、どうしても納得のいく答えが出なかったことがウソみたいに解決した。姉御と会っている間、私は何度「なぁ〜んだ!」と言っただろう。
それにしても。
私に心のこもったアドバイスをして下さった方々は、誰一人として「別れない方がいい」とは言わないんだよね。ついでにあまり心配もしてくれない。(←イジケモード?)
そう言うと姉御は、
「当たり前じゃないの〜!だってティダさんは大丈夫だもの!これがもし、いかにも1人じゃ生きていけないような人だったら私だって”別れるのはやめなさいよ”って必死で止めるわよ。でもあなたは違うでしょう?」
と満面の笑み・・・
ハイ。そうっすね。失礼しやした。
帰りの新幹線の中
まるで”韓国式垢すり”に行った帰りかと思うほど、スッキリした顔でまい泉のトンカツサンドを頬張る私がいた。
10000のキリ番踏んだのどなたでしょう?
もしリンクして下さっている方だったらご一報下さいネ、感謝の熱いキッスを送らせて頂きます♪
いやほんと・・・こんな駄文、いつも覗きに来て下さって有難うございます!!私の日記も人生も、あっちフラフラこっちフラフラしてますけどこれからも遊びに来てやってちょーーーっ!
さてさて
昨日。月曜日だけど仕事が休みの私は、名古屋に住む兄弟弟子(といっても女性)に会いに行ってきた。
京都からのぞみに乗って35分。なんて近いのかしら。
彼女・・・私よりもずっと年上で人生の大先輩、頼れる姉御。信じられないくらい超多忙な仕事を笑顔でこなしている人で、ものすごく強いパワーの持ち主だ。
去年1年間は、お互いのスケジュールが合わなくて1度も会うことができなかった。でもずっと気にしていて、いつも同じタイミングで「どうしてるかな」と思い出してはメールで近況報告をしていた。そしてやっと・・・本当にやっと、ゆっくり会うことができたのだった。
朝9時半に待ち合わせてから、姉御がどうしても仕事に行かなくちゃならないため6時に別れるまでの9時間半、私達はトイレの個室に入っている時以外はずーっと喋り続けていた。
会えなかった間の出来事だけでも話題てんこ盛りなのに、今年に入ってからの私がこれまた、10年分の盆と正月がいっぺんに来たみたいな状態でしょう〜?飲み物を口に運ぶ時間も惜しいくらいだったわー。
で当然、話題は今いちばん旬だと言える私の「卒婚」話に集中。
姉御は人生「百戦練磨」の達人だから、私の告白を聞いても全く動じない。それどころか、これまで色んな人に相談して励まして頂いたけれど彼女ほど痛快かつ明瞭に私達の現状&未来を提示してくれた人はいなかった!!
別に姉御は占い師や超能力者の類じゃないの。
ただ、彼女も私と同じ道を乗り越えてきた。それと回りに同じような境遇の人がたくさんいたのだそうだ。
それと、面白かったのが血液型で判る行動パターンの違いの話。
姉御と私はO型、姉御のアメリカに住むご主人とうちの相棒がB型で、もう大笑いするほど男性2人の反応が同じなの〜!
もちろん、たった4種類の血液型だけで決め付けられるほど人間は単純じゃない。でも、これまでの結婚生活で私が相棒に対して「理解できん。」と思っていたことに姉御も同じ疑問を抱いていたらしい。
そんな時、私の相棒に対するアプローチは強引過ぎたり突き放し過ぎたりしていたんだけど、姉御は夫の行動や反応をよーく観察して彼を立てることができた、見事な「理想の妻」だった。
でも、結婚2年目からアメリカと日本で別々に住まなければならなかった姉御夫婦・・・。それからもう10年ほどが過ぎ、今はメールやファックスでまめに連絡を取り合っているとは言え実生活ではもう夫婦とは言えない状態。「いつ離婚してもおかしくないんだけどね。」と笑う姉御は完全に自立している。
そんな姉御から出る台詞は豪快。それでいて正確。
「ダメよ!」
「おかしい!」
「違うの!」
姉御の、私に対する愛情たっぷりのダメ出しが心のヒダにつーんと刺さって、でもそれがすごく気持ちいいの。腹の底から笑いがこみ上げてくる。
きっとこうだろう・・とか、これで間違いないはず・・と意識の下のほうで感じていたことを、明るい太陽の下に並べて布団叩きで「パンパンッ!」とホコリを払ってもらったような気分なの!
今更ながら、相棒と私がお互いに対して求めていたもの・与えていたものがはっきりと見えた。悩んでも悩んでも、どうしても納得のいく答えが出なかったことがウソみたいに解決した。姉御と会っている間、私は何度「なぁ〜んだ!」と言っただろう。
それにしても。
私に心のこもったアドバイスをして下さった方々は、誰一人として「別れない方がいい」とは言わないんだよね。ついでにあまり心配もしてくれない。(←イジケモード?)
そう言うと姉御は、
「当たり前じゃないの〜!だってティダさんは大丈夫だもの!これがもし、いかにも1人じゃ生きていけないような人だったら私だって”別れるのはやめなさいよ”って必死で止めるわよ。でもあなたは違うでしょう?」
と満面の笑み・・・
ハイ。そうっすね。失礼しやした。
帰りの新幹線の中
まるで”韓国式垢すり”に行った帰りかと思うほど、スッキリした顔でまい泉のトンカツサンドを頬張る私がいた。
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ストリートデビュー近し。
2004年4月11日この週末は、お天気に恵まれたね〜!!
掃除や片付けも気持ちよくはかどって、精神的に充実した楽しい2日間でした。
勢い余って(?)友達と大阪城の天守閣に登り、殿様気分で城下町をぐるっと見渡したりもした。庭園に植えられたたくさんの桜はもうほとんどが葉桜状態だったけど、それもまたきれい。
その下では桜が何分咲きかなんてこと知ったこっちゃーなさそうなグループが、大声で笑いながら春の宴を満喫していた。
この季節。
嫌でも自然の息吹を感じること甚だしいわ。
全ての生き物が芽吹いている。中には出てこなくてもいいような余計な芽までも。やはり、物事のベクトルって大切だわぁ。
いや、一見無駄に見えるものにも道理があるはずで。
家にいる間は、ギターを抱えている時間が多かったなー。
なんだかこの2日間で、苦手だった部分をずいぶん克服できたような気がする・・・でも、ここでブランク作ったらまた戻っちゃうんだろうか。
夢中になって弾いていると、いつも何か小さな発見があって面白い。本当に些細なことなんだけれどそれに気付くとぐんと弾きやすくなる。で、一番の収穫は「ギターをしっかりホールドすること」だった。
ギターの先生にも何度か言われていたけど、今日になって体で納得できた感じ。今まではコードチェンジで左手がいつまでたっても「アワワワワ」ってなるのが悲しくて悔しくてしょうがなかったんだけど、ギターを右腕と体全体でしっかりとホールドしているとすごく楽になったよ♪
頭ではなく体で判ることってスバラシイ!気持ちいい!
そうさ人間は、気持ちいいことしてなくっちゃ!!!
妻夫木聡が、私の大好きなイーソンにちょっと似てると言うだけの理由で見ていたドラマ「オレンジデイズ」で、楽しげなシーンになるとバックに流れていたギターのフレーズがきれいで思わず耳コピ。AとDでアルペジオをアレンジ、簡単だったのに驚いた。心動かされるフレーズが必ずしも複雑ではないことって、よくある。何でも「シンプルイズベスト」って言えるな。
ギターの先生のように、フレームの上のドレミを覚えてしまえば弾きたいメロディーももっと簡単に見つけられるのだけれど・・・。今はまだ、聞いたフレーズを一音ずつ探して繋げて喜んでます。音楽理論、避けて通れないのか。やっぱダメか。
おかげで左手の親指以外の4本は、指先がジンジンと熱くなってきた。それでもまだ弾きたい。ギターを抱えたい。このエネルギーを他の事に利用できないものか・・・発電とか。
よっしゃー! もうちょっと弾いてくる!!
掃除や片付けも気持ちよくはかどって、精神的に充実した楽しい2日間でした。
勢い余って(?)友達と大阪城の天守閣に登り、殿様気分で城下町をぐるっと見渡したりもした。庭園に植えられたたくさんの桜はもうほとんどが葉桜状態だったけど、それもまたきれい。
その下では桜が何分咲きかなんてこと知ったこっちゃーなさそうなグループが、大声で笑いながら春の宴を満喫していた。
この季節。
嫌でも自然の息吹を感じること甚だしいわ。
全ての生き物が芽吹いている。中には出てこなくてもいいような余計な芽までも。やはり、物事のベクトルって大切だわぁ。
いや、一見無駄に見えるものにも道理があるはずで。
家にいる間は、ギターを抱えている時間が多かったなー。
なんだかこの2日間で、苦手だった部分をずいぶん克服できたような気がする・・・でも、ここでブランク作ったらまた戻っちゃうんだろうか。
夢中になって弾いていると、いつも何か小さな発見があって面白い。本当に些細なことなんだけれどそれに気付くとぐんと弾きやすくなる。で、一番の収穫は「ギターをしっかりホールドすること」だった。
ギターの先生にも何度か言われていたけど、今日になって体で納得できた感じ。今まではコードチェンジで左手がいつまでたっても「アワワワワ」ってなるのが悲しくて悔しくてしょうがなかったんだけど、ギターを右腕と体全体でしっかりとホールドしているとすごく楽になったよ♪
頭ではなく体で判ることってスバラシイ!気持ちいい!
そうさ人間は、気持ちいいことしてなくっちゃ!!!
妻夫木聡が、私の大好きなイーソンにちょっと似てると言うだけの理由で見ていたドラマ「オレンジデイズ」で、楽しげなシーンになるとバックに流れていたギターのフレーズがきれいで思わず耳コピ。AとDでアルペジオをアレンジ、簡単だったのに驚いた。心動かされるフレーズが必ずしも複雑ではないことって、よくある。何でも「シンプルイズベスト」って言えるな。
ギターの先生のように、フレームの上のドレミを覚えてしまえば弾きたいメロディーももっと簡単に見つけられるのだけれど・・・。今はまだ、聞いたフレーズを一音ずつ探して繋げて喜んでます。音楽理論、避けて通れないのか。やっぱダメか。
おかげで左手の親指以外の4本は、指先がジンジンと熱くなってきた。それでもまだ弾きたい。ギターを抱えたい。このエネルギーを他の事に利用できないものか・・・発電とか。
よっしゃー! もうちょっと弾いてくる!!
卒哭忌に祝福を
2004年4月8日マズいこと極まりない「小青竜湯」。
今晩の分は、何と50分かけて飲んでいます。ここまで来るともう、自虐的な気分になるね。全部飲みきってから30分経たないとご飯が食べられないので、給食で嫌いなおかずを残して居残りで食べさせられている小学生の気分よ。・・・ああ、もう捨てていい?いいでしょ?誰かいいと言ってぇぇぇ〜っ!
さて今日、大阪では見事な青空が広がったよ〜。
まだあちこちで咲き誇っている桜の淡いピンク色が、真っ青な空を背景にキラキラと輝いてそれは美しかった・・・。
土手沿いを歩けば、空の青と土手の緑が信じられないくらい清々しいコントラストを描いている。
こんな日は、全てが輝いて見える。
去年の春、ちょうどこんな気持ちの良い天気の日に鍼の先生のところへ行き、一緒にお昼ご飯を食べた。午前の診療を終えてほっと一息、いつもの讃岐うどん屋に向かう途中で先生は天を仰ぎ大きく深呼吸して言った。
「う〜〜ん、気持ちええなぁ〜!!太陽が輝いて全てがキラッキラしとる。細かーい粒子の一粒一粒が煌いてるなぁ〜!」
ちょうどその時、私も同じように感じていたからそれを聞いて何だか嬉しくなった。見慣れた街の風景が一変して、太陽の光・吹いてくる風や木々の若い芽が、この世界を祝福しているかのように思えてくるのだった。
あの時・・・先生の顔がいちばん輝いていたよ。
そして今日は、先生の百か日。
初七日も四十九日もそうだったけど、節目の日には必ずこんな気持ちの良い青空が広がった。まるで先生を慕う全ての人たちの想いが、少しでも届きやすくなるように神様が計らって下さったかのように。
百か日は、「卒哭忌」とも言う。その名の通り悲しみに1つの区切りをつける時とされるけれど、当然そんなにきっちり割り切れるものではないよね。
今日に先んじて、私は月曜日に生徒さんと一緒に百か日のお参りに行って来た。お母さんとおばあちゃんがいつもの通り暖かく迎えてくれ、先生との尽きない思い出話で泣いたり笑ったりした。
百か日が過ぎると法要は一段落するから、ご家族にとっては張り詰めていた気持ちも緩んで新たな悲しみが湧いてくるだろうと思う。おばあちゃんなどは前回来た時に比べて元気が無く、「今でも毎日、どうしてあの子がと思うんよ。」と肩を落として言うので、思わずその丸い背中をさすってしまった。
私は思う。先生は今も絶対、家族みんなを守っている。
四十九日前にそんな夢も見た。
暖かく大きな愛で、家族を包み込んでいるはずだ。
そして今日、4月8日はお釈迦様の誕生日。
生前から「只者ではない」と思っていたけれど、先生を知るたくさんの人たちが「あの人はまるで生き仏様みたいだ」と言っていたらしい。やっぱりね。先生は今、本来いるべきところにいらっしゃるのでしょうね。
お釈迦様が今から2000年以上も前に、この世に生を受けてこられたことを祝って。
先生が観音菩薩さまと天上対談を終えて、更に高みへと昇って行かれることを祝って。
青い青い空に、祝福を。
今晩の分は、何と50分かけて飲んでいます。ここまで来るともう、自虐的な気分になるね。全部飲みきってから30分経たないとご飯が食べられないので、給食で嫌いなおかずを残して居残りで食べさせられている小学生の気分よ。・・・ああ、もう捨てていい?いいでしょ?誰かいいと言ってぇぇぇ〜っ!
さて今日、大阪では見事な青空が広がったよ〜。
まだあちこちで咲き誇っている桜の淡いピンク色が、真っ青な空を背景にキラキラと輝いてそれは美しかった・・・。
土手沿いを歩けば、空の青と土手の緑が信じられないくらい清々しいコントラストを描いている。
こんな日は、全てが輝いて見える。
去年の春、ちょうどこんな気持ちの良い天気の日に鍼の先生のところへ行き、一緒にお昼ご飯を食べた。午前の診療を終えてほっと一息、いつもの讃岐うどん屋に向かう途中で先生は天を仰ぎ大きく深呼吸して言った。
「う〜〜ん、気持ちええなぁ〜!!太陽が輝いて全てがキラッキラしとる。細かーい粒子の一粒一粒が煌いてるなぁ〜!」
ちょうどその時、私も同じように感じていたからそれを聞いて何だか嬉しくなった。見慣れた街の風景が一変して、太陽の光・吹いてくる風や木々の若い芽が、この世界を祝福しているかのように思えてくるのだった。
あの時・・・先生の顔がいちばん輝いていたよ。
そして今日は、先生の百か日。
初七日も四十九日もそうだったけど、節目の日には必ずこんな気持ちの良い青空が広がった。まるで先生を慕う全ての人たちの想いが、少しでも届きやすくなるように神様が計らって下さったかのように。
百か日は、「卒哭忌」とも言う。その名の通り悲しみに1つの区切りをつける時とされるけれど、当然そんなにきっちり割り切れるものではないよね。
今日に先んじて、私は月曜日に生徒さんと一緒に百か日のお参りに行って来た。お母さんとおばあちゃんがいつもの通り暖かく迎えてくれ、先生との尽きない思い出話で泣いたり笑ったりした。
百か日が過ぎると法要は一段落するから、ご家族にとっては張り詰めていた気持ちも緩んで新たな悲しみが湧いてくるだろうと思う。おばあちゃんなどは前回来た時に比べて元気が無く、「今でも毎日、どうしてあの子がと思うんよ。」と肩を落として言うので、思わずその丸い背中をさすってしまった。
私は思う。先生は今も絶対、家族みんなを守っている。
四十九日前にそんな夢も見た。
暖かく大きな愛で、家族を包み込んでいるはずだ。
そして今日、4月8日はお釈迦様の誕生日。
生前から「只者ではない」と思っていたけれど、先生を知るたくさんの人たちが「あの人はまるで生き仏様みたいだ」と言っていたらしい。やっぱりね。先生は今、本来いるべきところにいらっしゃるのでしょうね。
お釈迦様が今から2000年以上も前に、この世に生を受けてこられたことを祝って。
先生が観音菩薩さまと天上対談を終えて、更に高みへと昇って行かれることを祝って。
青い青い空に、祝福を。
あら、いつの間にこんなものを?
2004年4月7日風邪っぴきの諸症状、喉の痛み・くしゃみ・ハナぐじゅぐじゅ・発熱・咳のフルコースを3日間で駆け抜けた先週末。
今週は月曜日から今日まで、いつも通り仕事をして食欲もあって一見元気そうなんだけどあと一息良くならない・・・それは。
ハナが。
鼻汁・鼻づまりが〜。
昨日も今日も、出かける時にティッシュが残り少なくなっていないかどうかの確認を怠れません。ちなみにこんな時は、柔らかくてすごく厚みがある香港のポケットティッシュは重宝します。
それで今日。仕事の合間に梅田の地下街をプラプラ歩いていると、漢方薬屋が新しくできているではないか。何にも考えずにプラプラ〜っと入ってみる。
お茶や健康食品はもちろん、本格的な漢方の材料も豊富に並んでいて見ているだけで体に良さそう。ガラスの向こうでは薬剤師さんが優雅な手つきで様々な生薬を選び、調合していた。
ひと回りして、さあてお昼ご飯でも食べに行こうかな・・・と思って外に歩き出そうとしたちょうどその時に、中から出てきた1人の薬剤師さんにタイミング良く声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
いえ・・・特に探してたわけじゃないんですけれど。でもそういえば私、このハナを何とかしたいなぁ。
そしてまんまと(?)私は、勧められた椅子に座りカルテを作ってもらうことに。
「それでは、今お困りの症状を初めに全部お聞きしましょう。」
丸顔に黒目がちな目が印象的な、田舎のお地蔵さんっぽい風貌の彼はその場に似合った落ち着いた声で問診の口火を切った。
それから約1時間かけて、過去の病歴・食生活の嗜好・精神状態などをチェック。血圧と血流状態も機械で測ってもらった。
その間ずっとお地蔵さんは私の話をよ〜く聞いてくれ、余計な事は言わず私の質問には的確に答えてくれた。その会話のやり取りがいかにも努力家を思わせて、私もすっかり打ち解けていた。うーんやっぱり、どんなジャンルであれ健康に関わる仕事に携わっている人に、持っていて欲しい雰囲気ってあるよなぁ・・・。
さて、そんなこんなで私の処方箋は出来上がった。漢方薬はゆっくりと体質を改善するのに適しているんだけど、今日はとりあえずこの困ったハナを治すために3日分を処方してもらった。
私はこんな風にして自分用の漢方薬を作ってもらうのは初めての体験♪どんな薬が出来上がってきたのかな〜?
見るとそれは、「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」だった。
配合された生薬は、
麻黄(まおう)・芍薬(しゃくやく)・乾生姜(かんしょうきょう)・甘草(かんぞう)・桂皮(けいひ)・細辛(さいしん)・五味子(ごみし)・半夏(はんげ)
以上8種類。それぞれの写真と効能が詳しく書いてある説明書をもらったが、それによると全てが植物の茎だったり根だったり、実や皮だったりして性質が微妙に異なっている。それらが相互作用し調和することによって効果が出てくる・・・すごく興味深い。
「では、飲み方をきちんと守って3日間服用してくださいね。」
お地蔵さんは、お地蔵さんのように優しい目を向けて言った。
・・・はっ。 そうだ。
感心している場合ではない。私はコレを3日間、食事の30分前に1日3回飲まなくてはいけないんだった。
・・・何か急に暗い気分。
そう、私は・・・薬を飲むのがキライ。
その上これは、粉末をさ湯に溶かして飲まなきゃならん。私は以前香港で風邪が悪化して、友達が勧めてくれた漢方薬を同じようにさ湯に溶かして飲んだ時、あまりのマズさに吐きそうになったことがある。カップになみなみ入ったそれを飲み干すことなんか、とうていできなかった・・・。
お地蔵さんは、「大丈夫ですよ。これは飲みやすいですから。」と言っていた。そうだ、信じよう。何たって彼はお地蔵さんなんだから・・・。
そして夕食30分前。
コーヒーカップに漢方薬を入れ、お湯を注いでよくかき混ぜる。カップからはもうすでに「あの」匂いが立ち上っている・・・
そう、漢方独特のあの匂い〜。
よしっ!
気合を入れて一口、飲む。
〇*£▲仝♀◎§ゑ〜〜〜〜〜・・・・・
口の中に広がる、中国4千年の世界。
なんじゃこりゃあああ
マズッ!!!
ええ〜っと、敢えて味を文字にするとしたら「酸っぱニガ臭い」味とでも申しましょうか。
案の定、全部飲むのに30分かかりました。最後は涙目になったよ。途中で何か口直しが欲しかったけど、お地蔵さんは「腸で薬を吸収する時の妨げになるので、他のものと一緒に飲まないで下さい」と見事に釘を刺していたのだった。
これを1日3回、3日間。
先に言います、ごめんなさい。自信ありましぇん(泣)
でも、1日分600円だよ。薬と考えたら高いのか。
漢方薬・・・私には無理なのかしらん。
それともどこかに、私が飲める漢方薬もあるのかしらん。
明日の朝も飲まなきゃいけないと思うと、起きるのがツライ。
でもね、なんだかウソみたいに
さっきからハナの調子がいいのだ。詰まらないし、昼間あんなにズルズル出てたのがピタッと止まってます。
恐るべし、4千年の知恵。
明日も頑張って飲もう。
お地蔵さん、有難うございました〜!
今週は月曜日から今日まで、いつも通り仕事をして食欲もあって一見元気そうなんだけどあと一息良くならない・・・それは。
ハナが。
鼻汁・鼻づまりが〜。
昨日も今日も、出かける時にティッシュが残り少なくなっていないかどうかの確認を怠れません。ちなみにこんな時は、柔らかくてすごく厚みがある香港のポケットティッシュは重宝します。
それで今日。仕事の合間に梅田の地下街をプラプラ歩いていると、漢方薬屋が新しくできているではないか。何にも考えずにプラプラ〜っと入ってみる。
お茶や健康食品はもちろん、本格的な漢方の材料も豊富に並んでいて見ているだけで体に良さそう。ガラスの向こうでは薬剤師さんが優雅な手つきで様々な生薬を選び、調合していた。
ひと回りして、さあてお昼ご飯でも食べに行こうかな・・・と思って外に歩き出そうとしたちょうどその時に、中から出てきた1人の薬剤師さんにタイミング良く声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
いえ・・・特に探してたわけじゃないんですけれど。でもそういえば私、このハナを何とかしたいなぁ。
そしてまんまと(?)私は、勧められた椅子に座りカルテを作ってもらうことに。
「それでは、今お困りの症状を初めに全部お聞きしましょう。」
丸顔に黒目がちな目が印象的な、田舎のお地蔵さんっぽい風貌の彼はその場に似合った落ち着いた声で問診の口火を切った。
それから約1時間かけて、過去の病歴・食生活の嗜好・精神状態などをチェック。血圧と血流状態も機械で測ってもらった。
その間ずっとお地蔵さんは私の話をよ〜く聞いてくれ、余計な事は言わず私の質問には的確に答えてくれた。その会話のやり取りがいかにも努力家を思わせて、私もすっかり打ち解けていた。うーんやっぱり、どんなジャンルであれ健康に関わる仕事に携わっている人に、持っていて欲しい雰囲気ってあるよなぁ・・・。
さて、そんなこんなで私の処方箋は出来上がった。漢方薬はゆっくりと体質を改善するのに適しているんだけど、今日はとりあえずこの困ったハナを治すために3日分を処方してもらった。
私はこんな風にして自分用の漢方薬を作ってもらうのは初めての体験♪どんな薬が出来上がってきたのかな〜?
見るとそれは、「小青竜湯(しょうせいりゅうとう)」だった。
配合された生薬は、
麻黄(まおう)・芍薬(しゃくやく)・乾生姜(かんしょうきょう)・甘草(かんぞう)・桂皮(けいひ)・細辛(さいしん)・五味子(ごみし)・半夏(はんげ)
以上8種類。それぞれの写真と効能が詳しく書いてある説明書をもらったが、それによると全てが植物の茎だったり根だったり、実や皮だったりして性質が微妙に異なっている。それらが相互作用し調和することによって効果が出てくる・・・すごく興味深い。
「では、飲み方をきちんと守って3日間服用してくださいね。」
お地蔵さんは、お地蔵さんのように優しい目を向けて言った。
・・・はっ。 そうだ。
感心している場合ではない。私はコレを3日間、食事の30分前に1日3回飲まなくてはいけないんだった。
・・・何か急に暗い気分。
そう、私は・・・薬を飲むのがキライ。
その上これは、粉末をさ湯に溶かして飲まなきゃならん。私は以前香港で風邪が悪化して、友達が勧めてくれた漢方薬を同じようにさ湯に溶かして飲んだ時、あまりのマズさに吐きそうになったことがある。カップになみなみ入ったそれを飲み干すことなんか、とうていできなかった・・・。
お地蔵さんは、「大丈夫ですよ。これは飲みやすいですから。」と言っていた。そうだ、信じよう。何たって彼はお地蔵さんなんだから・・・。
そして夕食30分前。
コーヒーカップに漢方薬を入れ、お湯を注いでよくかき混ぜる。カップからはもうすでに「あの」匂いが立ち上っている・・・
そう、漢方独特のあの匂い〜。
よしっ!
気合を入れて一口、飲む。
〇*£▲仝♀◎§ゑ〜〜〜〜〜・・・・・
口の中に広がる、中国4千年の世界。
なんじゃこりゃあああ
マズッ!!!
ええ〜っと、敢えて味を文字にするとしたら「酸っぱニガ臭い」味とでも申しましょうか。
案の定、全部飲むのに30分かかりました。最後は涙目になったよ。途中で何か口直しが欲しかったけど、お地蔵さんは「腸で薬を吸収する時の妨げになるので、他のものと一緒に飲まないで下さい」と見事に釘を刺していたのだった。
これを1日3回、3日間。
先に言います、ごめんなさい。自信ありましぇん(泣)
でも、1日分600円だよ。薬と考えたら高いのか。
漢方薬・・・私には無理なのかしらん。
それともどこかに、私が飲める漢方薬もあるのかしらん。
明日の朝も飲まなきゃいけないと思うと、起きるのがツライ。
でもね、なんだかウソみたいに
さっきからハナの調子がいいのだ。詰まらないし、昼間あんなにズルズル出てたのがピタッと止まってます。
恐るべし、4千年の知恵。
明日も頑張って飲もう。
お地蔵さん、有難うございました〜!
抜けた〜
2004年4月5日髪が?
違います
歯が?
それも違います
力が?
ある意味そうかも
魂が?
そりゃ危ないでしょう
ともかく・・・(って何やねん!)
抜けましたよ〜 ようやく。
毎日毎日 私の心は千々に乱れて暗闇をさ迷っていましたが
まるでラムネのビンのくびれたところを
無理やりスポッ!と通り抜けたみたいに
やっと、広くて明るい場所に出られた気分なのです。
縮こまっていた体を、思い切り伸ばせた気分なのです。
週末のこと。
土曜日、相変わらず重々しい雰囲気で一日を過ごした私達は、夜になってから今のお互いの気持ちを話し合った。
すると相棒は、「気持ちが大きく離婚に向かっている」と言う。
私は予想していたことなので、相棒に心から幸せになって欲しいと思っていることや離婚した後の諸問題について、最初は冷静にでもしまいにはしゃくり上げながらじっくり話した。
そしてもう眠ることにして布団にもぐったけれど、全く眠れない。体は疲れ切っているのに心がざわざわと騒がしく音を立てている。
何かを考えているわけではない、それどころか1つのことに集中して考えることは不可能だった。
結局そのまま、朝が来た。
明け方ウトウトした時に、今思い出しても暗くなるほどの恐ろしい夢を見た。
日曜の朝、相棒も私も11時を過ぎてやっと起き出した。一睡もできずボーッと座っている私に相棒が「何か食べよう。」と言った時、私の心の中にあった石垣がガラガラと崩れて涙になった。
今までの私は、何の抵抗もなく自分の弱さを相棒に受け止めてもらっていたけれど、彼が「別れたい」と言ったあの日からはそれができなくなっていた。でもこの時初めて、私は私の剥き出しの心を隠さずに相棒に伝えることができた・・・。結婚してから何度もそうしてきたように、醜い・弱い部分を相棒に晒した。
相棒を失うのが怖くてたまらない。
足にしがみついてでも、死んでやると脅してでも離れたくない。
でも
相棒に幸せな人生を送って欲しい。
かけがえのない人だから、毎日心から笑っていて欲しい。
両方とも私の本心。どちらも私の真実だった。
「たとえ別れても、僕は君の支えになり続けるよ。だって嫌いだから別れるんじゃない。大好きだよ今だって。」
そう言いながら泣き出した相棒も、傷だらけになりながら自分の真実を探している。思い描いていた幸せを追い続けるにしても、それを捨てて私と生きていくにしても、今のままでは絶対にダメだということだけははっきり判っているんだ。
その日は、午後遅くなってお互い別々に外に出た。
家の外でそれぞれ1人の時間を作って、心のバランスを取り直すために。
そして、充分時間を置いてから、メールで居場所を確認しあって晩ご飯を食べに行くことにした。
その時、何かが変わった。私の中で?それとも相棒が?
たぶん2人とも、心を重苦しく塞いでいた何かが消えていた。
そして私達は、3週間ぶりにとても楽しい食事をしたよ〜!
冗談を言っては笑い、料理の感想を言い合いながら本当に久しぶりに「ありのままの2人」でいられたよ〜!
その晩、思いやりのこもった「おやすみ」を言い合って眠ったら、何とも心安らぐ明るい夢を見ることができたのでした。
そして今、私達は「たぶん離婚」の途上。相棒は1人で住む家をゆっくり探しています。
私も、離婚について、もう不安は感じなくなった。落ち着いて考えてみたら、それほど困ることは無いということに気付いた。
そりゃあ、これからも泣くことはたくさんあるだろう。特にお互いの両親のことについてはかなりキツイ。けどそれも「日にち薬」で何とかなることだし。
それよりも何よりも、相棒と私の人生が今以上輝いてゆくためにできることをしよう。
そんな私達には「離婚」という言葉は何だか暗く、悲惨で、敗北感が漂うからしっくりこない。
と、そう思っていたら、立ち読みした本でピンとくるものがあった。
「卒婚」
あ〜これだ!! いただき!!
まだあくまでも予定ですが
たぶん私達は
「卒婚」します
これからも ドゾヨロシクっ♪
違います
歯が?
それも違います
力が?
ある意味そうかも
魂が?
そりゃ危ないでしょう
ともかく・・・(って何やねん!)
抜けましたよ〜 ようやく。
毎日毎日 私の心は千々に乱れて暗闇をさ迷っていましたが
まるでラムネのビンのくびれたところを
無理やりスポッ!と通り抜けたみたいに
やっと、広くて明るい場所に出られた気分なのです。
縮こまっていた体を、思い切り伸ばせた気分なのです。
週末のこと。
土曜日、相変わらず重々しい雰囲気で一日を過ごした私達は、夜になってから今のお互いの気持ちを話し合った。
すると相棒は、「気持ちが大きく離婚に向かっている」と言う。
私は予想していたことなので、相棒に心から幸せになって欲しいと思っていることや離婚した後の諸問題について、最初は冷静にでもしまいにはしゃくり上げながらじっくり話した。
そしてもう眠ることにして布団にもぐったけれど、全く眠れない。体は疲れ切っているのに心がざわざわと騒がしく音を立てている。
何かを考えているわけではない、それどころか1つのことに集中して考えることは不可能だった。
結局そのまま、朝が来た。
明け方ウトウトした時に、今思い出しても暗くなるほどの恐ろしい夢を見た。
日曜の朝、相棒も私も11時を過ぎてやっと起き出した。一睡もできずボーッと座っている私に相棒が「何か食べよう。」と言った時、私の心の中にあった石垣がガラガラと崩れて涙になった。
今までの私は、何の抵抗もなく自分の弱さを相棒に受け止めてもらっていたけれど、彼が「別れたい」と言ったあの日からはそれができなくなっていた。でもこの時初めて、私は私の剥き出しの心を隠さずに相棒に伝えることができた・・・。結婚してから何度もそうしてきたように、醜い・弱い部分を相棒に晒した。
相棒を失うのが怖くてたまらない。
足にしがみついてでも、死んでやると脅してでも離れたくない。
でも
相棒に幸せな人生を送って欲しい。
かけがえのない人だから、毎日心から笑っていて欲しい。
両方とも私の本心。どちらも私の真実だった。
「たとえ別れても、僕は君の支えになり続けるよ。だって嫌いだから別れるんじゃない。大好きだよ今だって。」
そう言いながら泣き出した相棒も、傷だらけになりながら自分の真実を探している。思い描いていた幸せを追い続けるにしても、それを捨てて私と生きていくにしても、今のままでは絶対にダメだということだけははっきり判っているんだ。
その日は、午後遅くなってお互い別々に外に出た。
家の外でそれぞれ1人の時間を作って、心のバランスを取り直すために。
そして、充分時間を置いてから、メールで居場所を確認しあって晩ご飯を食べに行くことにした。
その時、何かが変わった。私の中で?それとも相棒が?
たぶん2人とも、心を重苦しく塞いでいた何かが消えていた。
そして私達は、3週間ぶりにとても楽しい食事をしたよ〜!
冗談を言っては笑い、料理の感想を言い合いながら本当に久しぶりに「ありのままの2人」でいられたよ〜!
その晩、思いやりのこもった「おやすみ」を言い合って眠ったら、何とも心安らぐ明るい夢を見ることができたのでした。
そして今、私達は「たぶん離婚」の途上。相棒は1人で住む家をゆっくり探しています。
私も、離婚について、もう不安は感じなくなった。落ち着いて考えてみたら、それほど困ることは無いということに気付いた。
そりゃあ、これからも泣くことはたくさんあるだろう。特にお互いの両親のことについてはかなりキツイ。けどそれも「日にち薬」で何とかなることだし。
それよりも何よりも、相棒と私の人生が今以上輝いてゆくためにできることをしよう。
そんな私達には「離婚」という言葉は何だか暗く、悲惨で、敗北感が漂うからしっくりこない。
と、そう思っていたら、立ち読みした本でピンとくるものがあった。
「卒婚」
あ〜これだ!! いただき!!
まだあくまでも予定ですが
たぶん私達は
「卒婚」します
これからも ドゾヨロシクっ♪
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K.O.負け〜!
2004年4月2日お約束のように 風邪っぴきです。
たかが2週間の間に、これだけ精神的に揺らげば当たり前か・・。それでも寝込むこと無しに仕事をこなせているから幸せだー。
幸いにも今日は半ドン・・・(←古っ!)
午前中で仕事が終わったんで、満開の桜の下を散歩しました。
家の近くの公園。もちろんデジカメ持参♪
撮った写真はこれからパソコンでチェック入れて、アルバムでも作ってみようと思うのでできたらご紹介いたしますぅ〜
それにしても毎年この時期になると思う・・・
桜の木。どっこにでもあるなーー!!
日本人。花見が好きだなーー!!
待ちに待った春の到来を謳歌する老若男女。
ベロベロに酔っ払ってる人も可愛く見えたり。
そう言えば
どうやら風邪だとわかった一昨日のこと。あるクラスの生徒さんが以前から企画していた「夜桜見物」に行って来た。
そこは、細いけれどきれいな川が流れる河川敷。
両岸に見事な桜の花が並び、ちょうど見ごろを迎えていた。
各自が思い思いの花見弁当やお酒を手に集まって、威勢良く乾杯したのが夕方の5時半頃だったな・・・
それからどんどん、日が暮れてゆく。当たり前だ。
どんどんどんどん、寒くなる一方だ。
中には用意周到な人がいて、保温ポットに熱燗を入れ使い捨てカイロを大量に持参。もちろん私も寒いと思って余計に着てきたけど、詰めが甘かった。
むっちゃくちゃ、さっぶいよ〜!!
そう、この時期は花冷えと言って夜は寒いのよ!!!
更に、私は風邪っぴきじゃないのさ!!
おかっぴきじゃないわよ!!(←どんなキレ方か・・)
それでも救いだったのは、みんな本当に明るい人たちばっかりだったことだ。「寒い寒い」と笑いながら、飲めや唄えやの大盛り上がりを見せた。やけくそだったと思ふ。
2時間ほどでお開きになって、家に帰りつく頃にははっきりと具合が悪かった私。何してんだか。
ともかく、今週も終わりました〜!
ゆっくり休んで、好きなことして過ごします。
こんな素敵な季節に、外に出て思い切り遊べないなんてつまんないからとっとと治しちゃおう♪
薬は・・・もう何年も飲んでない。
ひたすら休む。猫の治し方とおんなじ。
たかが2週間の間に、これだけ精神的に揺らげば当たり前か・・。それでも寝込むこと無しに仕事をこなせているから幸せだー。
幸いにも今日は半ドン・・・(←古っ!)
午前中で仕事が終わったんで、満開の桜の下を散歩しました。
家の近くの公園。もちろんデジカメ持参♪
撮った写真はこれからパソコンでチェック入れて、アルバムでも作ってみようと思うのでできたらご紹介いたしますぅ〜
それにしても毎年この時期になると思う・・・
桜の木。どっこにでもあるなーー!!
日本人。花見が好きだなーー!!
待ちに待った春の到来を謳歌する老若男女。
ベロベロに酔っ払ってる人も可愛く見えたり。
そう言えば
どうやら風邪だとわかった一昨日のこと。あるクラスの生徒さんが以前から企画していた「夜桜見物」に行って来た。
そこは、細いけれどきれいな川が流れる河川敷。
両岸に見事な桜の花が並び、ちょうど見ごろを迎えていた。
各自が思い思いの花見弁当やお酒を手に集まって、威勢良く乾杯したのが夕方の5時半頃だったな・・・
それからどんどん、日が暮れてゆく。当たり前だ。
どんどんどんどん、寒くなる一方だ。
中には用意周到な人がいて、保温ポットに熱燗を入れ使い捨てカイロを大量に持参。もちろん私も寒いと思って余計に着てきたけど、詰めが甘かった。
むっちゃくちゃ、さっぶいよ〜!!
そう、この時期は花冷えと言って夜は寒いのよ!!!
更に、私は風邪っぴきじゃないのさ!!
おかっぴきじゃないわよ!!(←どんなキレ方か・・)
それでも救いだったのは、みんな本当に明るい人たちばっかりだったことだ。「寒い寒い」と笑いながら、飲めや唄えやの大盛り上がりを見せた。
2時間ほどでお開きになって、家に帰りつく頃にははっきりと具合が悪かった私。何してんだか。
ともかく、今週も終わりました〜!
ゆっくり休んで、好きなことして過ごします。
こんな素敵な季節に、外に出て思い切り遊べないなんてつまんないからとっとと治しちゃおう♪
薬は・・・もう何年も飲んでない。
ひたすら休む。猫の治し方とおんなじ。
味噌汁飲みたい・・・
2004年3月29日アウアウアウ。
久しぶりに・・・二日酔いです。
そう昨日は、しんどい一日だったの〜・・・
ずっとご無沙汰してた相棒の実家に2人で行ってきた。もちろん、今こんな状態だということは秘密にして。
夫婦としての私達が今にも崩れそうだと言うのに、お互いに対する気持ちがこんなにも不安定だと言うのに、実家に行って”相変わらずの仲良し夫婦”を演じ切れるのか・・・私は不安で仕方がなかった。
「向こうでは、極力普通に振舞うつもりだよ。」
相棒は身支度を整えながら淡々と言う。そりゃあ私だって、心配かけたくないから精一杯明るくしようと思うけど・・・。
車に乗って30分。私達はひと言も言葉を交わすことなく実家に着いた。
玄関を開け居間へ入ると、お父さんとお母さんが嬉しそうに笑いながら迎えてくれた。「久しぶりやな〜、元気やったん?」
必死の作り笑い。
言葉がうまく出ない。
だめだめ、変に思われちゃう・・・
相棒はいつもと同じように話しに加わっている。
私は、どうしてもいつもの席に座ることができず中途半端なところに固まって立っていた。
だめだ!
ゆっくりと、トイレに直行。
涙が溢れて止まらない。
お父さん、お母さん・・・ごめんね。ごめんね。
私達もう、夫婦ではいられないかもしれない。
色々あって辛かった時もあったけど、暖かい心の交流もたくさんあった。私は嫁としてケタはずれに至らなかったと思うけど、それでも受け入れて見守ってくれたのに。
離婚したら、悲しく辛い思いをさせてしまう。もう会うこともなくなるかもしれない。
ああ、こんな所で号泣するわけにいかない。
深呼吸したり無理やり笑ってみたりして、何とか気持ちを押し止めてからやっと居間に戻った。
「いやあ、お腹の調子が悪くって。」
心配そうな顔をするお母さんに、だいじょぶだいじょぶと笑ってみせる。誤魔化せたんだろうか、わからない。
しばらくゆっくりしてから、相棒・お母さん・私の3人は車で買出し。新しくできたスーパーに行って、日用品や食料を調達だ。
結婚してから何度も繰り返してきた、この平凡なひと時。
賑わう店内には、はしゃぎまわる子供を叱るお父さんや楽しそうな新婚夫婦・・・今の私には遠い世界に住む人たちに感じる。
買い物を済ませると、喫茶店で一休み。サンドイッチをかじりながら世間話に花が咲く。
でもね・・・この世間話がね。
結婚とか子供の話がほとんど。主婦の会話の王道だもんね。そうなるともういちいち胸が痛くて。
挙句の果てにはお母さん、「まあね、何が起こるかわからない世の中だから覚悟はしてるけれど。」
ううっ。何か嫌な予感したのかしら。
相棒は、いつもと変わらない様子で話を合わせている。でもその心の中は一体どうなんだろう?
夜、お母さんと2人で作ったおいしそうなおかずが食卓を飾る。
「これも、飲んじゃわないとね!」とお母さんが去年のボジョレーヌーボ(赤)を出してくれた。この偽りの家族団らんには、正直飲まなきゃやってらんねぇ!な私はグーイグイ。ああもう、何だか楽しくなってきた!
隣に座った相棒と、競うようにボトルを空けた。お父さんもお母さんもまっ赤っ赤、いつしか話は2人の若かりし頃の苦労話に。
50年連れ添った夫婦の昔話・・・感無量よ。
そんな2人だって、未だに犬も食わないことで喧嘩してる。結婚して、それが幸せかどうかなんて、死ぬ時わかればいいじゃん!
食べ終わってお皿洗ってデザートまで食べて・・・9時。やっと実家をあとにした。玄関先でお母さんが「気ぃつけてな。またおいで。」と見送ってくれる・・・酔眼にその姿が温かい。
そして帰り道
私はどうしても相棒と2人きりになるのが耐えられず、1人電車で帰ることにした。
「1人になりたいんだ。ちょっと1人で、飲みに行く。」
そう言う私を心配そうな顔で見た相棒・・・何か言いたそうだった。
1人で歩く駅までの道、晴れた夜空にきれいな月と星・・・あっという間ににじんで見えてくる。
気がついたら、電車を乗り継いで最寄り駅まで帰って来ていた。改札を出て家とは反対方向に歩き、お気に入りの飲み屋のドアを開けた。程よく暗い店内の、落ち着けるカウンターの角に腰を下ろすと全身の力が抜ける。
梅酒に冷やしトマトとあたりめを注文して、しばらくは頭の中が真っ白だった。心を押し殺して過ごした時間とさっきのワインで、思考もせき止められていた。
少〜しずつ、自分が戻ってくる。
ポロポロポロッと、涙がこぼれ落ちた。
「あたりめ、好きですか?」
どこから声が聞こえるのかわからないまま顔を上げると、カウンターの向こうから首を覗かせているバイトの男の子が見えた。
「え? ああ・・・大好きなんですよ、コレ。」
「そうなんですか。いいですよね、あたりめ。僕も好きなんです。美味しいですよね。すっごくいい匂いですよね。」
ちょっと照れ臭そうな、何だか素朴な彼の表情と言葉に、一日中忘れていた自分らしい笑顔を私は取り戻した。
女の人が1人で飲みに来るなんて、めったにないだろう。それだけに何か訳があることを、彼もうすうす分かっていたみたいだった。気にかけてくれたのか、それからは仕事の手が休むたびに声を掛けてくれ、私達は言葉少なに、でも熱心に他愛もない話をした。そして時々私がうつむいているのを見ると、彼は何も言わずに放っておいてくれた。
七輪の上で身をくねらせるあたりめをボーッと見ながら、2杯目の梅酒を飲む。感情の輪郭がぼやけてしまって、ただただ私はそこにいた。他に何組かのお客がいるのに、店の角にいる私の周りは不思議なほど静かで・・・。
そう言えば、いま何時なんだろう・・・
携帯を見て初めて、相棒からのメールに気がついた。
「まだ飲んでる?今日は悪かった。辛い思いをさせてしまった。」
私はひらがなだけで返事を書き、居場所を伝えた。この店は一緒に来たことがあるから彼も知っている。
何故かむしょうに、香港にいる友達と話したくなった。すでにロレツも怪しくなってるのに。
酔った頭でめちゃくちゃな広東語を操り泣きごとを言う私を、家でテレビを見てくつろいでいたマシューは、寛大な心で受け止めてくれた。ああ、香港の弟よ。多謝、多謝!!
そして気がつけば・・1時。もう閉店だ。
名前も知らないバイトの彼にお礼を言って店を出る。携帯には相棒の「もう帰っておいで」というメールが2通と着信が2回。気がつかなかった・・・。もうベロンベロン。
家までの道を、どうにか歩く。夜空を見上げるとそこに先生がいるような気がして、もう号泣。先生の鍼と声と笑顔で助けられていた自分をひたすら思い出そうとした。
ぐちゃぐちゃの顔で家に帰ると、相棒が私を待っていた。でもすでにきちんと話もできない状態の私は、歯を磨いて着替えるのが精一杯。
「待っていてくれてありがとうね。おやすみ。」
今にも泣き出しそうな顔をした相棒にそう言って、布団に倒れこんだ。
今朝・・・。
半分死んでる私に、そっと「行って来ます」と囁いて相棒は出かけていった。
何かが変わったのだろうか。
何も変わらないのだろうか。
もう、あんなお酒を飲むのはよそう。
久しぶりに・・・二日酔いです。
そう昨日は、しんどい一日だったの〜・・・
ずっとご無沙汰してた相棒の実家に2人で行ってきた。もちろん、今こんな状態だということは秘密にして。
夫婦としての私達が今にも崩れそうだと言うのに、お互いに対する気持ちがこんなにも不安定だと言うのに、実家に行って”相変わらずの仲良し夫婦”を演じ切れるのか・・・私は不安で仕方がなかった。
「向こうでは、極力普通に振舞うつもりだよ。」
相棒は身支度を整えながら淡々と言う。そりゃあ私だって、心配かけたくないから精一杯明るくしようと思うけど・・・。
車に乗って30分。私達はひと言も言葉を交わすことなく実家に着いた。
玄関を開け居間へ入ると、お父さんとお母さんが嬉しそうに笑いながら迎えてくれた。「久しぶりやな〜、元気やったん?」
必死の作り笑い。
言葉がうまく出ない。
だめだめ、変に思われちゃう・・・
相棒はいつもと同じように話しに加わっている。
私は、どうしてもいつもの席に座ることができず中途半端なところに固まって立っていた。
だめだ!
ゆっくりと、トイレに直行。
涙が溢れて止まらない。
お父さん、お母さん・・・ごめんね。ごめんね。
私達もう、夫婦ではいられないかもしれない。
色々あって辛かった時もあったけど、暖かい心の交流もたくさんあった。私は嫁としてケタはずれに至らなかったと思うけど、それでも受け入れて見守ってくれたのに。
離婚したら、悲しく辛い思いをさせてしまう。もう会うこともなくなるかもしれない。
ああ、こんな所で号泣するわけにいかない。
深呼吸したり無理やり笑ってみたりして、何とか気持ちを押し止めてからやっと居間に戻った。
「いやあ、お腹の調子が悪くって。」
心配そうな顔をするお母さんに、だいじょぶだいじょぶと笑ってみせる。誤魔化せたんだろうか、わからない。
しばらくゆっくりしてから、相棒・お母さん・私の3人は車で買出し。新しくできたスーパーに行って、日用品や食料を調達だ。
結婚してから何度も繰り返してきた、この平凡なひと時。
賑わう店内には、はしゃぎまわる子供を叱るお父さんや楽しそうな新婚夫婦・・・今の私には遠い世界に住む人たちに感じる。
買い物を済ませると、喫茶店で一休み。サンドイッチをかじりながら世間話に花が咲く。
でもね・・・この世間話がね。
結婚とか子供の話がほとんど。主婦の会話の王道だもんね。そうなるともういちいち胸が痛くて。
挙句の果てにはお母さん、「まあね、何が起こるかわからない世の中だから覚悟はしてるけれど。」
ううっ。何か嫌な予感したのかしら。
相棒は、いつもと変わらない様子で話を合わせている。でもその心の中は一体どうなんだろう?
夜、お母さんと2人で作ったおいしそうなおかずが食卓を飾る。
「これも、飲んじゃわないとね!」とお母さんが去年のボジョレーヌーボ(赤)を出してくれた。この偽りの家族団らんには、正直飲まなきゃやってらんねぇ!な私はグーイグイ。ああもう、何だか楽しくなってきた!
隣に座った相棒と、競うようにボトルを空けた。お父さんもお母さんもまっ赤っ赤、いつしか話は2人の若かりし頃の苦労話に。
50年連れ添った夫婦の昔話・・・感無量よ。
そんな2人だって、未だに犬も食わないことで喧嘩してる。結婚して、それが幸せかどうかなんて、死ぬ時わかればいいじゃん!
食べ終わってお皿洗ってデザートまで食べて・・・9時。やっと実家をあとにした。玄関先でお母さんが「気ぃつけてな。またおいで。」と見送ってくれる・・・酔眼にその姿が温かい。
そして帰り道
私はどうしても相棒と2人きりになるのが耐えられず、1人電車で帰ることにした。
「1人になりたいんだ。ちょっと1人で、飲みに行く。」
そう言う私を心配そうな顔で見た相棒・・・何か言いたそうだった。
1人で歩く駅までの道、晴れた夜空にきれいな月と星・・・あっという間ににじんで見えてくる。
気がついたら、電車を乗り継いで最寄り駅まで帰って来ていた。改札を出て家とは反対方向に歩き、お気に入りの飲み屋のドアを開けた。程よく暗い店内の、落ち着けるカウンターの角に腰を下ろすと全身の力が抜ける。
梅酒に冷やしトマトとあたりめを注文して、しばらくは頭の中が真っ白だった。心を押し殺して過ごした時間とさっきのワインで、思考もせき止められていた。
少〜しずつ、自分が戻ってくる。
ポロポロポロッと、涙がこぼれ落ちた。
「あたりめ、好きですか?」
どこから声が聞こえるのかわからないまま顔を上げると、カウンターの向こうから首を覗かせているバイトの男の子が見えた。
「え? ああ・・・大好きなんですよ、コレ。」
「そうなんですか。いいですよね、あたりめ。僕も好きなんです。美味しいですよね。すっごくいい匂いですよね。」
ちょっと照れ臭そうな、何だか素朴な彼の表情と言葉に、一日中忘れていた自分らしい笑顔を私は取り戻した。
女の人が1人で飲みに来るなんて、めったにないだろう。それだけに何か訳があることを、彼もうすうす分かっていたみたいだった。気にかけてくれたのか、それからは仕事の手が休むたびに声を掛けてくれ、私達は言葉少なに、でも熱心に他愛もない話をした。そして時々私がうつむいているのを見ると、彼は何も言わずに放っておいてくれた。
七輪の上で身をくねらせるあたりめをボーッと見ながら、2杯目の梅酒を飲む。感情の輪郭がぼやけてしまって、ただただ私はそこにいた。他に何組かのお客がいるのに、店の角にいる私の周りは不思議なほど静かで・・・。
そう言えば、いま何時なんだろう・・・
携帯を見て初めて、相棒からのメールに気がついた。
「まだ飲んでる?今日は悪かった。辛い思いをさせてしまった。」
私はひらがなだけで返事を書き、居場所を伝えた。この店は一緒に来たことがあるから彼も知っている。
何故かむしょうに、香港にいる友達と話したくなった。すでにロレツも怪しくなってるのに。
酔った頭でめちゃくちゃな広東語を操り泣きごとを言う私を、家でテレビを見てくつろいでいたマシューは、寛大な心で受け止めてくれた。ああ、香港の弟よ。多謝、多謝!!
そして気がつけば・・1時。もう閉店だ。
名前も知らないバイトの彼にお礼を言って店を出る。携帯には相棒の「もう帰っておいで」というメールが2通と着信が2回。気がつかなかった・・・。もうベロンベロン。
家までの道を、どうにか歩く。夜空を見上げるとそこに先生がいるような気がして、もう号泣。先生の鍼と声と笑顔で助けられていた自分をひたすら思い出そうとした。
ぐちゃぐちゃの顔で家に帰ると、相棒が私を待っていた。でもすでにきちんと話もできない状態の私は、歯を磨いて着替えるのが精一杯。
「待っていてくれてありがとうね。おやすみ。」
今にも泣き出しそうな顔をした相棒にそう言って、布団に倒れこんだ。
今朝・・・。
半分死んでる私に、そっと「行って来ます」と囁いて相棒は出かけていった。
何かが変わったのだろうか。
何も変わらないのだろうか。
もう、あんなお酒を飲むのはよそう。
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もう泣かないで
2004年3月27日この1週間、相棒はものすごーく暗かった。
カラオケで泣きながら話をして、「君と距離を置いて自分を見つめたい」と彼が言ったのが先週の土曜日だ。
あれから毎日、「おはよう」「ただいま」などの挨拶意外はほとんど会話らしきものが無かった。
それはまだ良いとして、とにかく相棒が暗かったのよ。
明らかに煮詰まっている様子・・・でも、迂闊に声を掛けられない。煮詰まりの張本人なんだし。
で昨日、天気予報が「週末は行楽日和」と太鼓判を押すのを聞いて、私は密かに2人でどこかにお出かけしようと思っていた。暖かい太陽の下に出て、気分を変えたくて。
そしたら今朝・・・
「ちょっと仕事に行って来る」とあっさり言われてしまったわ。がっくし。「帰りは早いの?晩ご飯はどこかに食べに行こうか?」と誘ってみても、「早く終わったらね。」とこれまた暗〜い顔で言われ、そのまま出かけて行った。
うむむむぅ。
こんなんで良いのだろうか。 良くはないだろう。
少なくとも私にとっては、精神衛生上まことに宜しくないっ!!
と言うわけで
すぐに友達に電話をかけた。ラッキーなことに彼女もヒマだったらしく、午後から会うことにした。
2人で冗談を言い合いながらブラブラ歩いて、古着屋を物色したり雑貨屋をひやかしたりしているうちに、私の心の暗雲はスーッと消えてゆく・・・。
もう長い付き合いになるこの親友とは、物事の捉え方が良く似ていて一緒にいても完璧にストレスフリー。感性が同じだから全てを話さなくても「あ・うん」で判ってくれるのよね。
彼女は相棒のことも知っているから、よくグチも聞いてもらっていた。
「どうなん?最近・・・」
「それがさぁ〜、毎日すっごく暗いんだよ彼。」
歩き疲れて入ったモ○バーガーで、パンパンに溜まっていた心のガス抜きを始める私。
友達は、うんうんと聞いてくれる。
私が彼女の意見を聞きたいと思って口を閉じれば、すぐに察してはっきり意見を言ってくれる。
そんな時の彼女は、すごく自然体だ。
「悩んでる人の話を聞いて、その人の助けになりたい」という気負いのようなものが、微塵も感じられないの。
本当はきっと、心の中ではそう思ってくれているはずだ。でも彼女のたたずまいに、「辛いね、でも大丈夫。応援してるよ」という雰囲気は無い。何と言うか・・・私の今をありのままに受け止めて聞いているだけ。まるでスポンジが水を吸うように、スーッと受け入れてくれるのが心地よくて、ものすごく安らぐのだ。
不思議な個性を持つ人だ。
そんな彼女には、ちょっと付き合ったくらいでは決して見えない強烈なコンプレックスがある。ドロドロした、影の部分がある。
でも、それも全部自分なのだと受け入れている。見たくない自分とも正面から向かい合っている。
そんな彼女から、「ティダさんは大きな意味で大丈夫だと思う。」とひとこと言われると、何だかもう全てオッケーという気持ちになってくるのだ。何の根拠も無い自信が湧いてくるのだ。
そんな風にしてお互いの話に夢中になっていると、外はもうすっかり日が暮れていた。
古着屋さんでお揃いの服(←良いと思うものが同じだから!)を買って、晩ご飯をお互いの家で食べるために別れた。いつものように「ありがとう」を言い合いながら手を振る。
本当に、いつもありがとうね!!
私が家に帰ってから30分ほど後に、相棒も仕事から戻ってきた。
「おかえり。ご飯食べる?」
「・・・お茶漬け程度でいいよ・・・。」
暗い。 ブラックホールかと思うほどだ。
やっぱりこのまま眠りたくないと思った私は、そっと声を掛けてみた。
「良かったら・・・少し話さない?」
それから1時間ほど、私達は今の気持ちを話し、聞いた。
案の定、相棒は毎日ずっと出口の無い迷路をあても無く歩くように考え続け、疲れきっていた。私との結婚生活にピリオドを打ち、新しい家庭を築く夢を捨てきれない。でも自分の夢だけのために、長年連れ添った私を見捨てるようなこともできない。
そもそも、相棒が「一生君を愛し続ける」と言う気持ちを見失ってしまった決定的な原因は、私が去年の12月に彼に言った「あなたの子供は欲しくない」というひと言だ。
ここに至るまでの経緯は筆舌に尽くし難いほど複雑で、私の文才も忍耐力も全く足りないので省くけれど、やはりこの台詞はどう考えてもきつすぎる言葉だった。
ただ一方で、子供の頃から何でも我慢して妥協することでその場限りの調和を装ってきた相棒の悪癖が、結婚生活に大きな溝を作ったのも事実だ。もちろん、それに気付いてきちんと対処できなかった私も同罪。
とにかく、私達は一度もお互いを責めていない。むしろ自分の欠点を侘び相手の幸せを優先させようとしている。
それが2重の苦しみでもある。
私は彼に、もうこれ以上自分を誤魔化して生きて欲しくはない。
それが自分のせいなら尚更だ。(彼は決してそう言わないけど)
相棒は別れた後の私の生活を心配している。そりゃまあ、経済的な余裕は無いだろう。国民年金なんか払っちゃいられないかも、だ。
できる限り助けると言ってくれる相棒。もちろん嬉しいけど、私はこれからもずっと友達でいてくれればそれでいい。
私にとって一番大切なのは、苦しい時の心の支えがどれだけあるかと言うことなの。精神的に強くありさえすれば、体が元気でありさえすれば、金なんか何とでもなる。これ、かあちゃんの血筋なのね。
話の最後に、私は自分の気持ちを素直に言った。
「あなたは、自分のしたいことを一度はちゃんとするべきだよ。それでもし私とやり直したいと思ったら、戻ってきてくれればいいんだよ。」
相棒は、「そんな都合のいいことできない」と言ったけど、私はほんとにそれでいいんだ。だってもう、私が相棒にしてあげられることは他に無さそうなんだもん。それに、人の縁は自分の力ではどうしようもない部分で動いていくものだ。
1年後、どう変わっているかなんて判らないし考えたくもない。
今の自分で、精一杯できることを見つめていたい。
カラオケで泣きながら話をして、「君と距離を置いて自分を見つめたい」と彼が言ったのが先週の土曜日だ。
あれから毎日、「おはよう」「ただいま」などの挨拶意外はほとんど会話らしきものが無かった。
それはまだ良いとして、とにかく相棒が暗かったのよ。
明らかに煮詰まっている様子・・・でも、迂闊に声を掛けられない。煮詰まりの張本人なんだし。
で昨日、天気予報が「週末は行楽日和」と太鼓判を押すのを聞いて、私は密かに2人でどこかにお出かけしようと思っていた。暖かい太陽の下に出て、気分を変えたくて。
そしたら今朝・・・
「ちょっと仕事に行って来る」とあっさり言われてしまったわ。がっくし。「帰りは早いの?晩ご飯はどこかに食べに行こうか?」と誘ってみても、「早く終わったらね。」とこれまた暗〜い顔で言われ、そのまま出かけて行った。
うむむむぅ。
こんなんで良いのだろうか。 良くはないだろう。
少なくとも私にとっては、精神衛生上まことに宜しくないっ!!
と言うわけで
すぐに友達に電話をかけた。ラッキーなことに彼女もヒマだったらしく、午後から会うことにした。
2人で冗談を言い合いながらブラブラ歩いて、古着屋を物色したり雑貨屋をひやかしたりしているうちに、私の心の暗雲はスーッと消えてゆく・・・。
もう長い付き合いになるこの親友とは、物事の捉え方が良く似ていて一緒にいても完璧にストレスフリー。感性が同じだから全てを話さなくても「あ・うん」で判ってくれるのよね。
彼女は相棒のことも知っているから、よくグチも聞いてもらっていた。
「どうなん?最近・・・」
「それがさぁ〜、毎日すっごく暗いんだよ彼。」
歩き疲れて入ったモ○バーガーで、パンパンに溜まっていた心のガス抜きを始める私。
友達は、うんうんと聞いてくれる。
私が彼女の意見を聞きたいと思って口を閉じれば、すぐに察してはっきり意見を言ってくれる。
そんな時の彼女は、すごく自然体だ。
「悩んでる人の話を聞いて、その人の助けになりたい」という気負いのようなものが、微塵も感じられないの。
本当はきっと、心の中ではそう思ってくれているはずだ。でも彼女のたたずまいに、「辛いね、でも大丈夫。応援してるよ」という雰囲気は無い。何と言うか・・・私の今をありのままに受け止めて聞いているだけ。まるでスポンジが水を吸うように、スーッと受け入れてくれるのが心地よくて、ものすごく安らぐのだ。
不思議な個性を持つ人だ。
そんな彼女には、ちょっと付き合ったくらいでは決して見えない強烈なコンプレックスがある。ドロドロした、影の部分がある。
でも、それも全部自分なのだと受け入れている。見たくない自分とも正面から向かい合っている。
そんな彼女から、「ティダさんは大きな意味で大丈夫だと思う。」とひとこと言われると、何だかもう全てオッケーという気持ちになってくるのだ。何の根拠も無い自信が湧いてくるのだ。
そんな風にしてお互いの話に夢中になっていると、外はもうすっかり日が暮れていた。
古着屋さんでお揃いの服(←良いと思うものが同じだから!)を買って、晩ご飯をお互いの家で食べるために別れた。いつものように「ありがとう」を言い合いながら手を振る。
本当に、いつもありがとうね!!
私が家に帰ってから30分ほど後に、相棒も仕事から戻ってきた。
「おかえり。ご飯食べる?」
「・・・お茶漬け程度でいいよ・・・。」
暗い。 ブラックホールかと思うほどだ。
やっぱりこのまま眠りたくないと思った私は、そっと声を掛けてみた。
「良かったら・・・少し話さない?」
それから1時間ほど、私達は今の気持ちを話し、聞いた。
案の定、相棒は毎日ずっと出口の無い迷路をあても無く歩くように考え続け、疲れきっていた。私との結婚生活にピリオドを打ち、新しい家庭を築く夢を捨てきれない。でも自分の夢だけのために、長年連れ添った私を見捨てるようなこともできない。
そもそも、相棒が「一生君を愛し続ける」と言う気持ちを見失ってしまった決定的な原因は、私が去年の12月に彼に言った「あなたの子供は欲しくない」というひと言だ。
ここに至るまでの経緯は筆舌に尽くし難いほど複雑で、私の文才も忍耐力も全く足りないので省くけれど、やはりこの台詞はどう考えてもきつすぎる言葉だった。
ただ一方で、子供の頃から何でも我慢して妥協することでその場限りの調和を装ってきた相棒の悪癖が、結婚生活に大きな溝を作ったのも事実だ。もちろん、それに気付いてきちんと対処できなかった私も同罪。
とにかく、私達は一度もお互いを責めていない。むしろ自分の欠点を侘び相手の幸せを優先させようとしている。
それが2重の苦しみでもある。
私は彼に、もうこれ以上自分を誤魔化して生きて欲しくはない。
それが自分のせいなら尚更だ。(彼は決してそう言わないけど)
相棒は別れた後の私の生活を心配している。そりゃまあ、経済的な余裕は無いだろう。国民年金なんか払っちゃいられないかも、だ。
できる限り助けると言ってくれる相棒。もちろん嬉しいけど、私はこれからもずっと友達でいてくれればそれでいい。
私にとって一番大切なのは、苦しい時の心の支えがどれだけあるかと言うことなの。精神的に強くありさえすれば、体が元気でありさえすれば、金なんか何とでもなる。これ、かあちゃんの血筋なのね。
話の最後に、私は自分の気持ちを素直に言った。
「あなたは、自分のしたいことを一度はちゃんとするべきだよ。それでもし私とやり直したいと思ったら、戻ってきてくれればいいんだよ。」
相棒は、「そんな都合のいいことできない」と言ったけど、私はほんとにそれでいいんだ。だってもう、私が相棒にしてあげられることは他に無さそうなんだもん。それに、人の縁は自分の力ではどうしようもない部分で動いていくものだ。
1年後、どう変わっているかなんて判らないし考えたくもない。
今の自分で、精一杯できることを見つめていたい。
はらへりの幸せ
2004年3月25日春キャベツがうまいっ!!!
煮て良し 炒めて良し 生でも良ーし。
ほんで私は、鍋いっぱいにポトフ?スープ?のようなものを作りました。
ラインナップは・・・
ジャガイモ(大3個)
にんじん(半分)
玉ねぎ(丸々1個)
水餃子(市販のパック・・直前に食べる分だけ入れる)
そして
ぎゅぎゅっと締まった、甘ぁい春キャベツだ!
味付けは、塩・しょうゆ・鶏ガラスープの素
全て少なめにして、野菜本来の味がちゃんとわかるように。
深めのお皿にアツアツを盛って
炊きたてのご飯と
お漬物といかなごの「くぎ煮」(←生徒さん特製)
それに納豆が加わればもう何もいらない!
ああ、どんな高級レストランにも勝る我が家の食卓。
(と言うことにしといて!)
2日間食べ続けて、いよいよ明日の朝でラスト1杯。
お名残惜しいわ・・・
大地の恵みに、毎日感謝!
春キャベツ・・・みなさんはどんな料理に?
煮て良し 炒めて良し 生でも良ーし。
ほんで私は、鍋いっぱいにポトフ?スープ?のようなものを作りました。
ラインナップは・・・
ジャガイモ(大3個)
にんじん(半分)
玉ねぎ(丸々1個)
水餃子(市販のパック・・直前に食べる分だけ入れる)
そして
ぎゅぎゅっと締まった、甘ぁい春キャベツだ!
味付けは、塩・しょうゆ・鶏ガラスープの素
全て少なめにして、野菜本来の味がちゃんとわかるように。
深めのお皿にアツアツを盛って
炊きたてのご飯と
お漬物といかなごの「くぎ煮」(←生徒さん特製)
それに納豆が加わればもう何もいらない!
ああ、どんな高級レストランにも勝る我が家の食卓。
(と言うことにしといて!)
2日間食べ続けて、いよいよ明日の朝でラスト1杯。
お名残惜しいわ・・・
大地の恵みに、毎日感謝!
春キャベツ・・・みなさんはどんな料理に?
ティダぬ光受きてぃ(太陽の光を受けて)
2004年3月24日今月いっぱいで打ち切りになるクラスに今日、行ってきた。
今日と来週でとうとう終わりかぁ・・。
9年間続けさせて頂いたレッスンも来月からは別のプログラムに変わって私のクラスはすっかり忘れ去られるんだ。
私みたいなつたない講師に最後までついて来て下さった方々・・今日もみな口々に惜しんで下さって、私は嬉しいやら申し訳ないやらで複雑な心境です。
もちろん、これからも続けたいと言う人には近くにある別のクラスをしっかりご案内済み。転んでもタダでは起きないわよ。
そんな中にひとり、50代後半〜60代と覚しき男性がいらっしゃって、「来週の最終回には用事で来られないから」とわざわざ挨拶に来て下さった。
「縁あって先生とお会いできたのに・・・ほんとに残念です。」
はにかみながら差し出した紙袋の中には、きれいにデコレーションされた胡蝶蘭の小鉢が入っていた。
・・・感動してしまった。
今、それは部屋の一番目立つところに置いてある。まるで桜の花を先取りしたような薄紅色の花が5つ、細い茎の先に散らばっている。ああ、綺麗だ。
長年続いたクラスが打ち切りになることは、自分に対してよりも生徒さんに対して申し訳ない気持ちで一杯になる。
こんなことは初めてじゃないけど、このやり場のない焦燥感は何度も味わいたくないなぁ。
でも、こんな風に思いがけなく感謝の気持ちを表されて、私の心の中に巣食っていた惨めさ・悔しさがスーッと溶けていったよ。
こんな一瞬のために、今まで頑張ってきたと言ってもいい。
胡蝶蘭を見るたびに、「ありがとう」と自然に思う。
先生と生徒という人間関係は、そこに上下を付けて見てしまうことが多いけれど私はなるべくそれを避けていたい。
先生だからむやみに偉いわけじゃない。
生徒だからむやみにへりくだる必要は無い。
人と人との間には、本来何の垣根もない。そこにあるのは2つの魂だ。ただそこに降りてきた、同じ船に乗るいのちだ。
胡蝶蘭の小鉢が入った紙袋を手渡しながら、一瞬まっすぐ私を見たあの生徒さんの瞳の奥には、あったかーい光が差していたよ。
ああ・・・ 本当に、ありがとうございました。
今日と来週でとうとう終わりかぁ・・。
9年間続けさせて頂いたレッスンも来月からは別のプログラムに変わって私のクラスはすっかり忘れ去られるんだ。
私みたいなつたない講師に最後までついて来て下さった方々・・今日もみな口々に惜しんで下さって、私は嬉しいやら申し訳ないやらで複雑な心境です。
もちろん、これからも続けたいと言う人には近くにある別のクラスをしっかりご案内済み。転んでもタダでは起きないわよ。
そんな中にひとり、50代後半〜60代と覚しき男性がいらっしゃって、「来週の最終回には用事で来られないから」とわざわざ挨拶に来て下さった。
「縁あって先生とお会いできたのに・・・ほんとに残念です。」
はにかみながら差し出した紙袋の中には、きれいにデコレーションされた胡蝶蘭の小鉢が入っていた。
・・・感動してしまった。
今、それは部屋の一番目立つところに置いてある。まるで桜の花を先取りしたような薄紅色の花が5つ、細い茎の先に散らばっている。ああ、綺麗だ。
長年続いたクラスが打ち切りになることは、自分に対してよりも生徒さんに対して申し訳ない気持ちで一杯になる。
こんなことは初めてじゃないけど、このやり場のない焦燥感は何度も味わいたくないなぁ。
でも、こんな風に思いがけなく感謝の気持ちを表されて、私の心の中に巣食っていた惨めさ・悔しさがスーッと溶けていったよ。
こんな一瞬のために、今まで頑張ってきたと言ってもいい。
胡蝶蘭を見るたびに、「ありがとう」と自然に思う。
先生と生徒という人間関係は、そこに上下を付けて見てしまうことが多いけれど私はなるべくそれを避けていたい。
先生だからむやみに偉いわけじゃない。
生徒だからむやみにへりくだる必要は無い。
人と人との間には、本来何の垣根もない。そこにあるのは2つの魂だ。ただそこに降りてきた、同じ船に乗るいのちだ。
胡蝶蘭の小鉢が入った紙袋を手渡しながら、一瞬まっすぐ私を見たあの生徒さんの瞳の奥には、あったかーい光が差していたよ。
ああ・・・ 本当に、ありがとうございました。
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咲かす風 散らす風
2004年3月22日おおお〜っ
なあんと1週間ぶりの日記です。皆様お元気でしたか?
・・・・っというか、
前回の内容から言って「元気なのか」と心配されているのは私のほうですね。
ありがとうございます!!
何とか生き延びております!!
しっかし 長い長い1週間でした。
パソをあける気にもならない日々が続き、どんな思考にも余計な感情が伴ってしまう状態で日記の更新などできるわけもなく。
(食欲だけはモリモリあったという事実・・・情けない)
生来のズボラな性格も手伝って、もうほんとに日記を閉じてしまおうと思っていたんですが、リンクして下さってる方から心に沁みるメールを頂いてもんのすごーーく嬉しくて。その方の文章を読んで、俄然自分も今の気持ちを文字で残しておきたくなりました。本当に救われました、ありがとうーーーー!!!
と 言う訳で 相棒と私は・・・
何かの結論が出るまでは、まだ時間がかかりそうです。
先週の土曜日のこと、それまで梅雨空のようにどんより曇った顔をしていた相棒が「夜、カラオケでも行こうか」と言ったので、家で晩ご飯を食べてから9時ごろ行ってきた。
それまでの1週間、私達は自分の心の声に否応無く耳を傾けながら、お互いに対しては腫れ物に触るようにおずおずと接していただけで何の答えも確信も持っていなかった。だから私は、そんな相棒がカラオケに誘ってくれたことを単純に喜んではいたけど、変な胸騒ぎも感じて落ち着かなかった。
そして部屋に入って相棒が1曲歌ったあと、ちょっとしたきっかけでやはり深刻ムードになってしまい、それから2時間は今までとこれからの2人のことを涙ながらに語ることになった。(←カラオケに来て何してんだか・・・)
でも、この2時間は本当に充実していた。
10日前に相棒が突然「別れを考えている」と言ってから、2人は時間の助けを借りて自分と向き合ってきたけど、それを相手にちゃんと伝えることができたから。
そうだな・・・特に相棒は、今までの人生に無かったほど自分を掘り下げてる。結婚してから15年間、仕事に忙殺されていたかまたは意図的に逃げていたけれど、今ここでその時が巡ってきたみたいだ。
相棒は言った。
「僕は小さい時から、自分が本当にやりたいことをいつも我慢してきた。自分の気持ちを押さえつけて、妥協することで周りが丸く収まるならそれでいいと思っていた。腹の中ではこうしたい!と叫んでいても、頭はそんなことしちゃいけないって言う。ずっと、そんな風に生きていたんだ。」
そんな彼が選んだ私という結婚相手は、彼が自分の殻を破るにはこれ以上無いほど良い相性だったはずだ。
もちろん、私にとっても相棒は今までの自分をひと回りもふた回りも大きく成長させることができる、唯一無二の人だ。
相棒はそんな今までの自分を変えるために、今、何よりも自分に向き合っている。そんな環境を整えるために、しばらく別居することも検討している。
私は・・・
今の私は、この先にあるどんな流れにも身を任せるつもり。
そう、今こうして考えてみると、ここ数年の出来事全てが今の自分を支えるために起こった事のように思えてくるんだ。
受け止め、抱きしめ、歩いていこう。
なあんと1週間ぶりの日記です。皆様お元気でしたか?
・・・・っというか、
前回の内容から言って「元気なのか」と心配されているのは私のほうですね。
ありがとうございます!!
何とか生き延びております!!
しっかし 長い長い1週間でした。
パソをあける気にもならない日々が続き、どんな思考にも余計な感情が伴ってしまう状態で日記の更新などできるわけもなく。
(食欲だけはモリモリあったという事実・・・情けない)
生来のズボラな性格も手伝って、もうほんとに日記を閉じてしまおうと思っていたんですが、リンクして下さってる方から心に沁みるメールを頂いてもんのすごーーく嬉しくて。その方の文章を読んで、俄然自分も今の気持ちを文字で残しておきたくなりました。本当に救われました、ありがとうーーーー!!!
と 言う訳で 相棒と私は・・・
何かの結論が出るまでは、まだ時間がかかりそうです。
先週の土曜日のこと、それまで梅雨空のようにどんより曇った顔をしていた相棒が「夜、カラオケでも行こうか」と言ったので、家で晩ご飯を食べてから9時ごろ行ってきた。
それまでの1週間、私達は自分の心の声に否応無く耳を傾けながら、お互いに対しては腫れ物に触るようにおずおずと接していただけで何の答えも確信も持っていなかった。だから私は、そんな相棒がカラオケに誘ってくれたことを単純に喜んではいたけど、変な胸騒ぎも感じて落ち着かなかった。
そして部屋に入って相棒が1曲歌ったあと、ちょっとしたきっかけでやはり深刻ムードになってしまい、それから2時間は今までとこれからの2人のことを涙ながらに語ることになった。(←カラオケに来て何してんだか・・・)
でも、この2時間は本当に充実していた。
10日前に相棒が突然「別れを考えている」と言ってから、2人は時間の助けを借りて自分と向き合ってきたけど、それを相手にちゃんと伝えることができたから。
そうだな・・・特に相棒は、今までの人生に無かったほど自分を掘り下げてる。結婚してから15年間、仕事に忙殺されていたかまたは意図的に逃げていたけれど、今ここでその時が巡ってきたみたいだ。
相棒は言った。
「僕は小さい時から、自分が本当にやりたいことをいつも我慢してきた。自分の気持ちを押さえつけて、妥協することで周りが丸く収まるならそれでいいと思っていた。腹の中ではこうしたい!と叫んでいても、頭はそんなことしちゃいけないって言う。ずっと、そんな風に生きていたんだ。」
そんな彼が選んだ私という結婚相手は、彼が自分の殻を破るにはこれ以上無いほど良い相性だったはずだ。
もちろん、私にとっても相棒は今までの自分をひと回りもふた回りも大きく成長させることができる、唯一無二の人だ。
相棒はそんな今までの自分を変えるために、今、何よりも自分に向き合っている。そんな環境を整えるために、しばらく別居することも検討している。
私は・・・
今の私は、この先にあるどんな流れにも身を任せるつもり。
そう、今こうして考えてみると、ここ数年の出来事全てが今の自分を支えるために起こった事のように思えてくるんだ。
受け止め、抱きしめ、歩いていこう。
春よ・・・来〜い←懇願
2004年3月15日仕事が休みの日に天気が良いと、何だか得した気分になる♪
朝から掃除と洗濯、家の中がサッパリとして清々しい。
だから私は、家の中がある程度荒れてから掃除をするのが好き!
それからゆっくりコーヒーなど飲みながら
借りてきたCDをダビングしてお気に入り特集を作る。
これがねぇ・・・
ちょっと前の日記にも書いたんだけど、パソコンのCDトレイの調子が悪くてね、使っている最中だってぇのにいきなり出てきちゃうのよ、トレイが。
(浜乙女様、情報ありがとうございました。しかし未だどうすることもできず・・・)
1枚目・2枚目は、ヒヤヒヤしながらも何とか無事に全曲ダビングに成功。
よしよし、どうやら今日のゴキゲンは良さそうだ。この分なら残りの1枚も大丈夫だろう。
・・・とタカをくくっていたら。
やられたよ!
ダビングし始めたてまだ2曲目だってえのに、シャーッ!と出てきやがったよ!
あ〜あ。
CD−Rは1度しか書き込みができないぢゃないのっ。
封を開けてたった数分で、何の役にも立たないただの”燃えないゴミ”と化したわ。
ふふん。 100円ショップで買ったから良いけど。
(そーいう問題ではないが)
それから
VCDを見たり、ギターを弾いたり、チラリとテレビを見たりしながらうららかな午後は過ぎていった。
夕方、車で家を出て確定申告書を提出。30秒で終わり。
そして、ギターのレッスンが始まるまでの間、ス○バで柔らかなソファーに埋もれて1時間半本を読んで過ごした。
外で本を読むと、どうしてあんなに集中できるのだろう。
ギターは今日も、とっても楽しかった!
今日から始まった練習曲は・・・
とうとう、出たよ! 待ちに待ったよ!
ホテル・カリフォルニア!
きゃーっ♪ もう、カッコイイ〜〜〜この曲っ!!!
イントロもエンディングも、オリジナル通りの譜面でうっとり♪
「はい、いきますよ〜 3人でちゃんとハモれるように頑張って下さいね。いい曲だけどウットリしてるヒマはありませんからね!」
ハイ、先生・・・。 相変わらず情け容赦ありません・・・。
でも家で1人で好きな曲をテレテレ弾いているだけでは、実際なかなか上手くならないものだ。
こうして先生に引っ張ってもらって、苦しいコードに挑戦しているうちに気がつけばずいぶん指が動くようになってきている。
私みたいな、ヘタにチャレンジャーなくせに技術が伴わない困ったちゃんに、辛抱強く教えてくれてありがとうございます〜!!
楽しくレッスンをして家に帰った後も、食事を済ませてからずっと、指が痛くなるまで弾き続けていた・・ああ、シアワセ。
今夜は、相棒は出張で帰ってこない。
今頃どうしてるかな。 ご飯ちゃんと食べたかな。
実は、昨日の日記を書き終えてから
30分も経たないうちに眠ったはずの彼がやってきて
私をぎゅ〜っと抱きしめながら言った。
「もう何も心配しなくて良いよ。10年も前に判りきってたことに悩んでいたけど、もう君が心配するようなことは言わないから。」
正直、ビックリした。
「え?こんなに早く結論を出していいの?」
「うん、時々落ち込むことがあるかもしれないけど・・・男の生理だと思って気にしないで。」
私は、全身から力が抜けるような安心感を覚えたけれど、それでもまだ別の可能性を捨て切れないでいた。
昨日の夜は、相棒はそのまま先に眠った。
そして今朝、私がまだ眠い目をこすっている間に出かけていったんだけど30分もしないうちにメールが来た。
「だめだ まだふっきれてない」
彼の心は、ひとつの形を求めて彷徨っている。
いいよいいよ。 慌てなくていい。
私ももちろん、まるで崖の上の細い道を歩いているような不安に押し潰されそうになるけど、こういうことも含めて自分の人生に起こることをきちんと受け止めていたいと思うよ。
相棒は言った。
「どっちに転んだとしても、お互いに幸せになろうとしなければ意味が無い。」
そうだね。
幸せに、なろうね。
朝から掃除と洗濯、家の中がサッパリとして清々しい。
だから私は、
それからゆっくりコーヒーなど飲みながら
借りてきたCDをダビングしてお気に入り特集を作る。
これがねぇ・・・
ちょっと前の日記にも書いたんだけど、パソコンのCDトレイの調子が悪くてね、使っている最中だってぇのにいきなり出てきちゃうのよ、トレイが。
(浜乙女様、情報ありがとうございました。しかし未だどうすることもできず・・・)
1枚目・2枚目は、ヒヤヒヤしながらも何とか無事に全曲ダビングに成功。
よしよし、どうやら今日のゴキゲンは良さそうだ。この分なら残りの1枚も大丈夫だろう。
・・・とタカをくくっていたら。
やられたよ!
ダビングし始めたてまだ2曲目だってえのに、シャーッ!と出てきやがったよ!
あ〜あ。
CD−Rは1度しか書き込みができないぢゃないのっ。
封を開けてたった数分で、何の役にも立たないただの”燃えないゴミ”と化したわ。
ふふん。 100円ショップで買ったから良いけど。
(そーいう問題ではないが)
それから
VCDを見たり、ギターを弾いたり、チラリとテレビを見たりしながらうららかな午後は過ぎていった。
夕方、車で家を出て確定申告書を提出。30秒で終わり。
そして、ギターのレッスンが始まるまでの間、ス○バで柔らかなソファーに埋もれて1時間半本を読んで過ごした。
外で本を読むと、どうしてあんなに集中できるのだろう。
ギターは今日も、とっても楽しかった!
今日から始まった練習曲は・・・
とうとう、出たよ! 待ちに待ったよ!
ホテル・カリフォルニア!
きゃーっ♪ もう、カッコイイ〜〜〜この曲っ!!!
イントロもエンディングも、オリジナル通りの譜面でうっとり♪
「はい、いきますよ〜 3人でちゃんとハモれるように頑張って下さいね。いい曲だけどウットリしてるヒマはありませんからね!」
ハイ、先生・・・。 相変わらず情け容赦ありません・・・。
でも家で1人で好きな曲をテレテレ弾いているだけでは、実際なかなか上手くならないものだ。
こうして先生に引っ張ってもらって、苦しいコードに挑戦しているうちに気がつけばずいぶん指が動くようになってきている。
私みたいな、ヘタにチャレンジャーなくせに技術が伴わない困ったちゃんに、辛抱強く教えてくれてありがとうございます〜!!
楽しくレッスンをして家に帰った後も、食事を済ませてからずっと、指が痛くなるまで弾き続けていた・・ああ、シアワセ。
今夜は、相棒は出張で帰ってこない。
今頃どうしてるかな。 ご飯ちゃんと食べたかな。
実は、昨日の日記を書き終えてから
30分も経たないうちに眠ったはずの彼がやってきて
私をぎゅ〜っと抱きしめながら言った。
「もう何も心配しなくて良いよ。10年も前に判りきってたことに悩んでいたけど、もう君が心配するようなことは言わないから。」
正直、ビックリした。
「え?こんなに早く結論を出していいの?」
「うん、時々落ち込むことがあるかもしれないけど・・・男の生理だと思って気にしないで。」
私は、全身から力が抜けるような安心感を覚えたけれど、それでもまだ別の可能性を捨て切れないでいた。
昨日の夜は、相棒はそのまま先に眠った。
そして今朝、私がまだ眠い目をこすっている間に出かけていったんだけど30分もしないうちにメールが来た。
「だめだ まだふっきれてない」
彼の心は、ひとつの形を求めて彷徨っている。
いいよいいよ。 慌てなくていい。
私ももちろん、まるで崖の上の細い道を歩いているような不安に押し潰されそうになるけど、こういうことも含めて自分の人生に起こることをきちんと受け止めていたいと思うよ。
相棒は言った。
「どっちに転んだとしても、お互いに幸せになろうとしなければ意味が無い。」
そうだね。
幸せに、なろうね。
ブラック・フライデー
2004年3月14日春近しと思わせる、柔らかな日差しとほんのり冷たい風。
私の可愛い観葉植物たち・・・ベンジャミーナやパキラ&プミラが続々と青い若葉を出してきて、日々大きくなってゆくその姿を見るのが楽しくて仕方ない。
手と目を掛けてあげれば応えてくれる、だからこそ愛情も湧いてくると言うもの。
さて・・・
相棒が、「このままで幸せになれるのだろうか?」と言ってきたのは金曜日のことだった。
4年間の単身赴任で離れ離れに暮らしていた私達が、また一緒に生活するようになってひと月半が経った。
たったひと月半だからまだなんとなく違和感は残っていたけれど、それなりに新たな気持ちで変化に対応してきたつもりだった。
でも・・・根底に流れるズレをいつも気にしてた。
いや、離れて住むようになるずっと前から、私達の間にはお互いが目指す人生の方向に微妙なズレがあって、それを時には誤魔化してやり過ごしたり、時には真剣にぶつかり合ったりもしてた。
そしておととい。
相棒は、ついに自分の心の声を無視できなくなったことを私に告げたのだった。
詰まるところ彼は子供が欲しかった。
いつかは親と同居したかった。
その両方をどうしても受け入れられなかった私。
そして今、相棒は自分の人生を立て直す最後の賭けに出たくなったらしい。
今までに無いほど真剣に、離婚したらどうなるかと言うことをこの2日間で話し合った私達。
ここにそれを全部は書かないけれど、私達はお互いに相手の気持ちを尊重しながら、自分の思うことやしたいことを極めて冷静に話し、聞くことができた。
そして・・・結論はまだ出していない。
相棒は、私をこれからも人生のパートナーとして一緒に歩いていくのかをもう一度自分の心に問いただす時間が欲しいと言った。
私は・・・彼が別れたいならば、そうしようと思う。
もちろん、一緒にいたいと思う。今更ながら、彼がどれだけ私のことを大切に想ってくれていたか身に沁みて判った。
だけど、私は彼の人生に何をしてあげられるだろう?
彼の思い描いていた「幸せな未来」を、今の時点で何も叶えてあげられていないではないか。そしてこれからもたぶん、子供の事と同居の事に関しては・・・難しすぎる。
「しあわせ」は、心のあり方ひとつで見えたり見えなくなったりする。
少なくとも今の相棒は、それが見えなくて苦しんでいる。自分の幸せと家族の幸せ、自分の夢と私との結婚生活を秤にかけずにいられない岐路に立っている。
昨日も今日も、私達はお互いのことを想って泣いた。
決して憎みあっているわけじゃないから、なおさら辛すぎた。
どうなるか、私達自身にも全く判らないままだ。
明日からまた新しい1週間が始まるけれど、私達はお互いに傷つけあって支えあっている。
そんな日々が、もうしばらく続くと思う。
いつまでかは、全然判らない。
そんなこんなで
突然「離婚しました」って書いても
驚かないでね〜・・・ ひ〜ん。
私の可愛い観葉植物たち・・・ベンジャミーナやパキラ&プミラが続々と青い若葉を出してきて、日々大きくなってゆくその姿を見るのが楽しくて仕方ない。
手と目を掛けてあげれば応えてくれる、だからこそ愛情も湧いてくると言うもの。
さて・・・
相棒が、「このままで幸せになれるのだろうか?」と言ってきたのは金曜日のことだった。
4年間の単身赴任で離れ離れに暮らしていた私達が、また一緒に生活するようになってひと月半が経った。
たったひと月半だからまだなんとなく違和感は残っていたけれど、それなりに新たな気持ちで変化に対応してきたつもりだった。
でも・・・根底に流れるズレをいつも気にしてた。
いや、離れて住むようになるずっと前から、私達の間にはお互いが目指す人生の方向に微妙なズレがあって、それを時には誤魔化してやり過ごしたり、時には真剣にぶつかり合ったりもしてた。
そしておととい。
相棒は、ついに自分の心の声を無視できなくなったことを私に告げたのだった。
詰まるところ彼は子供が欲しかった。
いつかは親と同居したかった。
その両方をどうしても受け入れられなかった私。
そして今、相棒は自分の人生を立て直す最後の賭けに出たくなったらしい。
今までに無いほど真剣に、離婚したらどうなるかと言うことをこの2日間で話し合った私達。
ここにそれを全部は書かないけれど、私達はお互いに相手の気持ちを尊重しながら、自分の思うことやしたいことを極めて冷静に話し、聞くことができた。
そして・・・結論はまだ出していない。
相棒は、私をこれからも人生のパートナーとして一緒に歩いていくのかをもう一度自分の心に問いただす時間が欲しいと言った。
私は・・・彼が別れたいならば、そうしようと思う。
もちろん、一緒にいたいと思う。今更ながら、彼がどれだけ私のことを大切に想ってくれていたか身に沁みて判った。
だけど、私は彼の人生に何をしてあげられるだろう?
彼の思い描いていた「幸せな未来」を、今の時点で何も叶えてあげられていないではないか。そしてこれからもたぶん、子供の事と同居の事に関しては・・・難しすぎる。
「しあわせ」は、心のあり方ひとつで見えたり見えなくなったりする。
少なくとも今の相棒は、それが見えなくて苦しんでいる。自分の幸せと家族の幸せ、自分の夢と私との結婚生活を秤にかけずにいられない岐路に立っている。
昨日も今日も、私達はお互いのことを想って泣いた。
決して憎みあっているわけじゃないから、なおさら辛すぎた。
どうなるか、私達自身にも全く判らないままだ。
明日からまた新しい1週間が始まるけれど、私達はお互いに傷つけあって支えあっている。
そんな日々が、もうしばらく続くと思う。
いつまでかは、全然判らない。
そんなこんなで
突然「離婚しました」って書いても
驚かないでね〜・・・ ひ〜ん。
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あんなことや・・・こんなことまで
2004年3月11日H画像の評判が宜しいようで。
んもうっ、みんな・・・好きなんだから。
かく言う私も、下ネタには目を輝かせて乗ってしまう性格よ。
どっちかというと「むっつりスケベ」(←死語っ!!)タイプ。
それで思い出したけど
去年の10月末に香港に行った時、ちょうど私が大好きなイーソン・チャン主演の映画「豪情」が封切られたばかりで、友達を誘って見に行ったんだけどこれが思いっきり”三級片”(成人指定映画)なの。
宣伝用のポスターなんか、イーソン素っ裸・・・前を雑誌で隠して満面の笑みで仁王立ちしてるんだもん。ネットで初めて見た時は、ムチ打ちになるかと思うくらいひっくり返ったわよ。
「こ、これは・・・面白そう!!」と期待に胸を膨らませ、でもストーリーは全く知らないままに映画館に行き、チケットを買って中に入ろうとしたらモギリのお兄ちゃんに「身分証明書を見せて下さい」と言われた!
そのとき初めて未成年は見られないって事がわかったんだけど、街中を歩くのにパスポートなんか持ち歩かないから年齢を証明することができない。
友達が、「この子は日本人で、イーソンが大好きだからこれを見にわざわざ日本から来たんだよ!」と必死に掛け合ってくれて、やっと入れてもらえた。コワモテだったモギリ兄ちゃん、最後にはチラッと私を見てウィンク・・・「いいよ!」
いやん♪ステキ!
映画は、のっけから爆笑の嵐だった!
ある日突然リストラされた青年2人(イーソンとルイス・クー)が自分達で出版社を設立することになるんだけど、会議の末、香港一売れる「エッチ指南本」を作ることに決定。そこでまず自分達がAV嬢に突撃取材を試みることになる。
台詞のあちこちに、香港人が普段決して口にしないお下劣な言葉が飛び交って、その度に会場はどっと笑いの渦に包まれた。
でも、広東語が早すぎて聞き取れないのと、そんなお下品な言葉を教わる機会が無い私は、隣に座っている友達を突っついて「何?何がおかしかったの?」と聞きまくっていた。
そんな寂しい思いがイーソンに通じたのか(んなワケない)、私でも会場と一体になってタイムリーに大爆笑できたのが、愛するイーソンのある名演技だったのだ。
それは、イーソンが突撃取材に向かったシーンでのこと。
お相手のAV女優はフェラの名手。コッチコチに緊張したイーソンがベッドに腰を下ろして待っていると、右手に熱いお茶、左手に氷水が入ったグラスを持った彼女が入ってくる・・。
腰をくねらせ、おもむろにイーソンの前をはだけると、AV嬢はまず熱いお茶を口に含み股間に顔をうずめる。そしてすぐ、今度は氷水を含んでまたおしゃぶり。
この間、カメラはイーソンの首から上をアップで写しているんだけど、彼の演技がもうすっごく笑えるの!!
「はぁっ!・・・・っつい〜・・・アチチチチチッ!・・・ほぇ〜・・キモチイイ・・・・ッ・・・!!!・・・・つめたーい!!うお〜っ・・・ひぇ〜っ・・・キ、キモチイイーーーー!」
普段から百面相とまで言われるほど表情豊かなイーソンの、迫真の演技にみんな(特に男の子)は大喜び!
ソノ気持ちよさが実感としては全くわからない私も、膝叩いて地団太踏んで笑っちゃいました。表情の変化と声の出し方で、あんなにも「オトコの快感」を上手に演じてしまうイーソン・・・君は素晴らしい!ありがとおおおおっ!!
香港映画は、去年「少林サッカー」でまたまた注目度が上がったけれど、マニアのツボにぴったりはまる名作がたくさん埋もれてます。こんなおバカな作品も日本で上映されたら面白いのに〜。
ちなみにこの「豪情」には、本物のAV女優50人以上がトップレスで勢ぞろいするシーンがあるんだけど、香港ではイメージが落ちると言う理由で出演してくれる女優さんが全然いなかったのね。
で、結局東京に来てロケをしたというわけです。撮影後記によると、日本のAV女優さんの気づかいやおおらかさに香港のスタッフは感激したとか。このくらいは朝メシ前っていう彼女達のたくましさ、私も同じ女性として大いに一目置いちゃいます♪
同時に、れっきとしたアイドル的存在でありながら、バツグンの歌唱力で香港の歌謡界をトップ集団で走り続けているイーソンが、よくもここまで体を張ったと思わせるほどの役者魂に・・・カンパ〜イ!!!
んもうっ、みんな・・・好きなんだから。
かく言う私も、下ネタには目を輝かせて乗ってしまう性格よ。
どっちかというと「むっつりスケベ」(←死語っ!!)タイプ。
それで思い出したけど
去年の10月末に香港に行った時、ちょうど私が大好きなイーソン・チャン主演の映画「豪情」が封切られたばかりで、友達を誘って見に行ったんだけどこれが思いっきり”三級片”(成人指定映画)なの。
宣伝用のポスターなんか、イーソン素っ裸・・・前を雑誌で隠して満面の笑みで仁王立ちしてるんだもん。ネットで初めて見た時は、ムチ打ちになるかと思うくらいひっくり返ったわよ。
「こ、これは・・・面白そう!!」と期待に胸を膨らませ、でもストーリーは全く知らないままに映画館に行き、チケットを買って中に入ろうとしたらモギリのお兄ちゃんに「身分証明書を見せて下さい」と言われた!
そのとき初めて未成年は見られないって事がわかったんだけど、街中を歩くのにパスポートなんか持ち歩かないから年齢を証明することができない。
友達が、「この子は日本人で、イーソンが大好きだからこれを見にわざわざ日本から来たんだよ!」と必死に掛け合ってくれて、やっと入れてもらえた。コワモテだったモギリ兄ちゃん、最後にはチラッと私を見てウィンク・・・「いいよ!」
いやん♪ステキ!
映画は、のっけから爆笑の嵐だった!
ある日突然リストラされた青年2人(イーソンとルイス・クー)が自分達で出版社を設立することになるんだけど、会議の末、香港一売れる「エッチ指南本」を作ることに決定。そこでまず自分達がAV嬢に突撃取材を試みることになる。
台詞のあちこちに、香港人が普段決して口にしないお下劣な言葉が飛び交って、その度に会場はどっと笑いの渦に包まれた。
でも、広東語が早すぎて聞き取れないのと、そんなお下品な言葉を教わる機会が無い私は、隣に座っている友達を突っついて「何?何がおかしかったの?」と聞きまくっていた。
そんな寂しい思いがイーソンに通じたのか(んなワケない)、私でも会場と一体になってタイムリーに大爆笑できたのが、愛するイーソンのある名演技だったのだ。
それは、イーソンが突撃取材に向かったシーンでのこと。
お相手のAV女優はフェラの名手。コッチコチに緊張したイーソンがベッドに腰を下ろして待っていると、右手に熱いお茶、左手に氷水が入ったグラスを持った彼女が入ってくる・・。
腰をくねらせ、おもむろにイーソンの前をはだけると、AV嬢はまず熱いお茶を口に含み股間に顔をうずめる。そしてすぐ、今度は氷水を含んでまたおしゃぶり。
この間、カメラはイーソンの首から上をアップで写しているんだけど、彼の演技がもうすっごく笑えるの!!
「はぁっ!・・・・っつい〜・・・アチチチチチッ!・・・ほぇ〜・・キモチイイ・・・・ッ・・・!!!・・・・つめたーい!!うお〜っ・・・ひぇ〜っ・・・キ、キモチイイーーーー!」
普段から百面相とまで言われるほど表情豊かなイーソンの、迫真の演技にみんな(特に男の子)は大喜び!
ソノ気持ちよさが実感としては全くわからない私も、膝叩いて地団太踏んで笑っちゃいました。表情の変化と声の出し方で、あんなにも「オトコの快感」を上手に演じてしまうイーソン・・・君は素晴らしい!ありがとおおおおっ!!
香港映画は、去年「少林サッカー」でまたまた注目度が上がったけれど、マニアのツボにぴったりはまる名作がたくさん埋もれてます。こんなおバカな作品も日本で上映されたら面白いのに〜。
ちなみにこの「豪情」には、本物のAV女優50人以上がトップレスで勢ぞろいするシーンがあるんだけど、香港ではイメージが落ちると言う理由で出演してくれる女優さんが全然いなかったのね。
で、結局東京に来てロケをしたというわけです。撮影後記によると、日本のAV女優さんの気づかいやおおらかさに香港のスタッフは感激したとか。このくらいは朝メシ前っていう彼女達のたくましさ、私も同じ女性として大いに一目置いちゃいます♪
同時に、れっきとしたアイドル的存在でありながら、バツグンの歌唱力で香港の歌謡界をトップ集団で走り続けているイーソンが、よくもここまで体を張ったと思わせるほどの役者魂に・・・カンパ〜イ!!!
トスモスさん、お気に入りに登録させて頂きました♪どうぞヨロシク!
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大切なことは繰り返して
2004年3月10日昨日の日記の新年会で1年ぶりに会った兄弟弟子からメールが来たんだけど、その中に「??」と思う一文があった。
「ティダさん、あまり元気が無かったから悩みがあるんだなと思った。でも語らずとも察するのが仲間だから、また楽しい食事をしよう。」
・・・・私はどうやら、元気が無かったらしいけれど。
自分では至っていつも通り、まあ相棒とギクシャクしたまま東京に来たから気にはしていたけど、んなこと「悩み」なんてもんじゃないし第一その時はすっかり忘れていた。
彼女と私は、同じ師匠につく兄弟弟子として長年のあいだ喜びも悲しみも分け合ってきた。しばらくして、彼女は結婚して子供ができ退会したんだけど、その後は6年以上も「新年会でだけ会える仲」になっていたのね。
彼女にとって、私の何が「元気なさそう」に見えたのかは定かでないが、昔の私は確かに若さゆえ(?)落ち着きが無かったし、いつも元気で口数も多かった(ような気がする)。今の私はその頃に比べ、落ち着いて人の話をよく聞くことができるようになった(と思いたい)。
もしかしたらそんな変化が、彼女にとっての私のイメージと違ったことで「何か元気がない」と言う印象を持たせたのかも知れない。
こういうことって、よくあることだ。
人は、刻々と変わっていくもの。
けれど時々、昔はよく会っていたけど今はほとんど連絡も取っていないという友達に対して、昔のままの関係や印象のままで接してくる人が、いる。
もらったメールの「察するのが仲間だから・・・」という部分に、私はどうしても違和感を感じてしまう。
私のことを気にしてくれている、温かい言葉だとは思う。
でも・・・何をどう、察しているのだろうと思うと何とも言えない変な気分になる。
どうしても、この「小さいようで大きな勘違い」に引いてしまうのよね〜、悪いなぁと思うけども。
私自身、「同じ人でも昨日と今日では別」だということを、人と関わる時の鉄則だと思っているからなぁ。
付き合いの長い友達でも、会うたびごとになるべく先入観無しで接していたい。そうすれば相手がどんな状態でも、動揺せずに受け入れることができる。
人の体を構成する60兆個もの細胞は、常に死んでは生まれ変わっていることだし。
いつも新しい自分。新しい友達。
「応無所住而生其心」
〜応(まさ)に住する所無くして其の心を生ずべし〜
(金剛般若経 より)
私の好きな禅語。
禅を通して悟りを開いてゆくために、大切な心の姿勢だ。
経験を蓄積して作った先入観は、社会生活を営むためには不可欠なもの。でも、それに捉われ過ぎてはいけない。
1通の何気ないメールで、また色んなことを学ばせてもらえた。
「ティダさん、あまり元気が無かったから悩みがあるんだなと思った。でも語らずとも察するのが仲間だから、また楽しい食事をしよう。」
・・・・私はどうやら、元気が無かったらしいけれど。
自分では至っていつも通り、まあ相棒とギクシャクしたまま東京に来たから気にはしていたけど、んなこと「悩み」なんてもんじゃないし第一その時はすっかり忘れていた。
彼女と私は、同じ師匠につく兄弟弟子として長年のあいだ喜びも悲しみも分け合ってきた。しばらくして、彼女は結婚して子供ができ退会したんだけど、その後は6年以上も「新年会でだけ会える仲」になっていたのね。
彼女にとって、私の何が「元気なさそう」に見えたのかは定かでないが、昔の私は確かに若さゆえ(?)落ち着きが無かったし、いつも元気で口数も多かった(ような気がする)。今の私はその頃に比べ、落ち着いて人の話をよく聞くことができるようになった(と思いたい)。
もしかしたらそんな変化が、彼女にとっての私のイメージと違ったことで「何か元気がない」と言う印象を持たせたのかも知れない。
こういうことって、よくあることだ。
人は、刻々と変わっていくもの。
けれど時々、昔はよく会っていたけど今はほとんど連絡も取っていないという友達に対して、昔のままの関係や印象のままで接してくる人が、いる。
もらったメールの「察するのが仲間だから・・・」という部分に、私はどうしても違和感を感じてしまう。
私のことを気にしてくれている、温かい言葉だとは思う。
でも・・・何をどう、察しているのだろうと思うと何とも言えない変な気分になる。
どうしても、この「小さいようで大きな勘違い」に引いてしまうのよね〜、悪いなぁと思うけども。
私自身、「同じ人でも昨日と今日では別」だということを、人と関わる時の鉄則だと思っているからなぁ。
付き合いの長い友達でも、会うたびごとになるべく先入観無しで接していたい。そうすれば相手がどんな状態でも、動揺せずに受け入れることができる。
人の体を構成する60兆個もの細胞は、常に死んでは生まれ変わっていることだし。
いつも新しい自分。新しい友達。
「応無所住而生其心」
〜応(まさ)に住する所無くして其の心を生ずべし〜
(金剛般若経 より)
私の好きな禅語。
禅を通して悟りを開いてゆくために、大切な心の姿勢だ。
経験を蓄積して作った先入観は、社会生活を営むためには不可欠なもの。でも、それに捉われ過ぎてはいけない。
1通の何気ないメールで、また色んなことを学ばせてもらえた。
ひとまず報告〜
2004年3月8日帰ってきました〜 東京巡業終了。
2週連続だったから、もっと疲れるかなと思っていたけど案外元気だ。伊丹に着いてその足でちゃんとギターにも行けたし。
日曜日には、師匠が主催した講習会のお手伝いに行ってきた。
天井が高くて広い会場に、70名くらい来ただろうかとても和やかで楽しいひと時だった。初心者向けの内容だったけど、私にとっても教えさせて頂く立場として学ぶことの多い2時間だった。何事も経験と言うのは大切だね。
その後は、師匠と私達兄弟弟子8名で遅〜い新年会。
新宿の和食料理屋で、美味しい懐石料理を食べた。
集まったメンバーはみな、10年以上の長い付き合い。中には年に1回、この新年会の時だけしか会わない人もいるけれど時間のギャップを感じさせないほどちっとも変わらず若々しい。
そもそも師匠その人が、びっくりするほど若く見える〜。世間の44歳♂と比べるとひっくり返りそうになる。このままどこまでも突き進んで頂きたい♪
夕方からは、約束していたありすさんとの待ち合わせ。
四柱推命のエキスパートである彼女に相棒と私の命式を出してもらい、判りやすくアドバイスをもらう傍らさんざんグチを聞いてもらってスッキリした。
他にもたくさん楽しい話をして、晩ご飯も食べて本当に楽しいひとときだった〜! ありがとうねっ!!
さあーて、また1週間が始まる。
相棒とは、まだコミュニケーション不足でスッキリしない。
人生は毎日が実験だ。
考えるな!感じろ!(ブルース・リーか・・・)
ひとまず
ギター弾こ。
2週連続だったから、もっと疲れるかなと思っていたけど案外元気だ。伊丹に着いてその足でちゃんとギターにも行けたし。
日曜日には、師匠が主催した講習会のお手伝いに行ってきた。
天井が高くて広い会場に、70名くらい来ただろうかとても和やかで楽しいひと時だった。初心者向けの内容だったけど、私にとっても教えさせて頂く立場として学ぶことの多い2時間だった。何事も経験と言うのは大切だね。
その後は、師匠と私達兄弟弟子8名で遅〜い新年会。
新宿の和食料理屋で、美味しい懐石料理を食べた。
集まったメンバーはみな、10年以上の長い付き合い。中には年に1回、この新年会の時だけしか会わない人もいるけれど時間のギャップを感じさせないほどちっとも変わらず若々しい。
そもそも師匠その人が、びっくりするほど若く見える〜。世間の44歳♂と比べるとひっくり返りそうになる。このままどこまでも突き進んで頂きたい♪
夕方からは、約束していたありすさんとの待ち合わせ。
四柱推命のエキスパートである彼女に相棒と私の命式を出してもらい、判りやすくアドバイスをもらう傍らさんざんグチを聞いてもらってスッキリした。
他にもたくさん楽しい話をして、晩ご飯も食べて本当に楽しいひとときだった〜! ありがとうねっ!!
さあーて、また1週間が始まる。
相棒とは、まだコミュニケーション不足でスッキリしない。
人生は毎日が実験だ。
考えるな!感じろ!(ブルース・リーか・・・)
ひとまず
ギター弾こ。
せめて夢の中で・・・
2004年3月4日微妙に昨日の落ち込みを引きずったまま、1日が終わった。
相棒とはほとんど口も聞かず。
明らかに様子がおかしい私に、まるで「障らぬ神に祟り無し」といった態度の相棒・・・それがまた腹立たしい。
そんな風だから、そばに相棒がいるだけで胃が痛くなってきた。
さっき、「もう寝るよ」とだけ言い残し向こうの部屋に相棒が行ったとたん、胃痛が治った。
どや! ほんまに。
もうすぐ生理だし。がるるるるるっ。
ま、幸いにも明日からまた東京です。
できればもう2度とこの家には戻ってきたくない。(←見事な現実逃避)
バカバカバカ。 お前なんかキライだー。
それ以上に
こんな自分が、大っキライだぁぁぁぁ!!
相棒とはほとんど口も聞かず。
明らかに様子がおかしい私に、まるで「障らぬ神に祟り無し」といった態度の相棒・・・それがまた腹立たしい。
そんな風だから、そばに相棒がいるだけで胃が痛くなってきた。
さっき、「もう寝るよ」とだけ言い残し向こうの部屋に相棒が行ったとたん、胃痛が治った。
どや! ほんまに。
もうすぐ生理だし。がるるるるるっ。
ま、幸いにも明日からまた東京です。
できればもう2度とこの家には戻ってきたくない。(←見事な現実逃避)
バカバカバカ。 お前なんかキライだー。
それ以上に
こんな自分が、大っキライだぁぁぁぁ!!
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急上昇・急降下はジェットコースターだけでいい
2004年3月3日あああああああ。
いかん。どっぷり落ち込んで暗い気分。
仕事でね、納得いかないことがあってね。
ひとクラス打ち切りにされちゃいました・・・。
まーねぇ、ここ1年くらいずっと生徒さんの人数が少なかったからまずいなぁとは思っていたんだけど、契約更新の直前になって私が絶対入れない時間帯に変えて欲しいって言われても。
しかも、調整の余地無しでその後の対応もずさん極まりなく。
私はまだいい。
でも、今まで長年に渡って続けて下さっていた生徒さんのことを思うと・・・もうガックリだ。
オマケに最近になって入ってきた方が「先生〜、ボク上手くなってきたでしょう〜!楽しいんですよ〜!」なんて先週言ってたことを思うと・・・ガーーーックリだ。
やり場の無い憤りと無力感に押し包まれて、衝動的にいつも行く美容院に電話をした。
髪、切ってもらおう。
担当の美容師さんは鍼つながりの友達だ。顔見て話聞いてもらって、髪をいじってもらって癒されたい〜・・・・。
受付時間ギリギリの予約だったけど、運良く彼女が空いていた。
店で一番人気のトップスタイリストだから、もしかして無理かと思ってた・・・ああ、良かった。
ていねいにシャンプーしてもらっているうちに、心がほぐれていく。もう考えてもしょうがない・・・今はスイッチを切り替えてリラックスしよう。
友達は、見事なハサミさばきを止めることも無く、私のグチを聞いてくれた。竹を割ったようなオトコマエの性格の彼女が言うことは、こんな時すーっと気持ち良く胸に入ってくる。
ささくれ立っていた気持ちが和らいで、髪も心もどんどん軽くなっていった。
ありがとう、友よ!
その後、相棒と居酒屋に行くことにしていたので待ち合わせの駅へ。この髪型、何て言うかな〜♪
店に入り、相棒は焼酎私は梅酒を頼み、美味しい料理を頂きながら楽しくおしゃべり・・・
のつもりだった。
なーーーんかね、 合わないのよ 波長が。
相棒も疲れてた。私もウダウダしてた。
あんまり会話が弾まなくてだんだん気まずーい雰囲気に・・。
たった1杯の梅酒に酔ってしまった私は、何だか全てがめんどくさくなってしまって投げやり状態。
相棒も、仏頂面の私を目の前にして可哀想だったー
ごめんよー でも 君も失言だったよー
落ち込んでる私を引き上げられるほど、君にも余力が無かったんだろうけどさぁ
店を出て、家に帰る頃には私は激ウツ状態に落ち込みましたよ。
同じ場所に帰るのが苦痛以外の何ものでもなく
家に着いたら、即部屋に閉じこもってギター弾きながら泣きまくりました。
2人の未来には、何の希望も無く
愛情のカケラも見えなかった夜。
こんな時、無邪気に相手を責めることができたらもうちょっと楽なんだろうか・・・。
目の前で泣いて怒って、自分の不満をちゃんと言葉にしてぶつけた方が男の人は判りやすくていいんだろうか。
私はどうしてもそれができない。
「何っ!?」と思ってもぐぐっと飲み込んでしまう。最終的には自分のふがいなさに腹が立つ。上手に怒るって難しい・・・。
自分のことをわかって欲しいと思う気持ちは、きっと人一倍強いんだろう。
でも、相棒にわかってもらうには300年くらいかかりそうな気がするの。私、自分のことを伝えるのがヘタ過ぎる。
だからいつもこんな風になった時、わかって欲しいと思うのがいけないんだと自分を戒める。もっと強くならなきゃ、もっと器の大きな人間にならなきゃ・・・。
んで、ひとりでだーだー泣いて、泣き疲れて眠るのがパターンっす。進歩ねーよー!!!オレのこと笑ってくれよー!!!
プシュー・・・・
バネが外れて、煙が出ました。
終了。
いかん。どっぷり落ち込んで暗い気分。
仕事でね、納得いかないことがあってね。
ひとクラス打ち切りにされちゃいました・・・。
まーねぇ、ここ1年くらいずっと生徒さんの人数が少なかったからまずいなぁとは思っていたんだけど、契約更新の直前になって私が絶対入れない時間帯に変えて欲しいって言われても。
しかも、調整の余地無しでその後の対応もずさん極まりなく。
私はまだいい。
でも、今まで長年に渡って続けて下さっていた生徒さんのことを思うと・・・もうガックリだ。
オマケに最近になって入ってきた方が「先生〜、ボク上手くなってきたでしょう〜!楽しいんですよ〜!」なんて先週言ってたことを思うと・・・ガーーーックリだ。
やり場の無い憤りと無力感に押し包まれて、衝動的にいつも行く美容院に電話をした。
髪、切ってもらおう。
担当の美容師さんは鍼つながりの友達だ。顔見て話聞いてもらって、髪をいじってもらって癒されたい〜・・・・。
受付時間ギリギリの予約だったけど、運良く彼女が空いていた。
店で一番人気のトップスタイリストだから、もしかして無理かと思ってた・・・ああ、良かった。
ていねいにシャンプーしてもらっているうちに、心がほぐれていく。もう考えてもしょうがない・・・今はスイッチを切り替えてリラックスしよう。
友達は、見事なハサミさばきを止めることも無く、私のグチを聞いてくれた。竹を割ったようなオトコマエの性格の彼女が言うことは、こんな時すーっと気持ち良く胸に入ってくる。
ささくれ立っていた気持ちが和らいで、髪も心もどんどん軽くなっていった。
ありがとう、友よ!
その後、相棒と居酒屋に行くことにしていたので待ち合わせの駅へ。この髪型、何て言うかな〜♪
店に入り、相棒は焼酎私は梅酒を頼み、美味しい料理を頂きながら楽しくおしゃべり・・・
のつもりだった。
なーーーんかね、 合わないのよ 波長が。
相棒も疲れてた。私もウダウダしてた。
あんまり会話が弾まなくてだんだん気まずーい雰囲気に・・。
たった1杯の梅酒に酔ってしまった私は、何だか全てがめんどくさくなってしまって投げやり状態。
相棒も、仏頂面の私を目の前にして可哀想だったー
ごめんよー でも 君も失言だったよー
落ち込んでる私を引き上げられるほど、君にも余力が無かったんだろうけどさぁ
店を出て、家に帰る頃には私は激ウツ状態に落ち込みましたよ。
同じ場所に帰るのが苦痛以外の何ものでもなく
家に着いたら、即部屋に閉じこもってギター弾きながら泣きまくりました。
2人の未来には、何の希望も無く
愛情のカケラも見えなかった夜。
こんな時、無邪気に相手を責めることができたらもうちょっと楽なんだろうか・・・。
目の前で泣いて怒って、自分の不満をちゃんと言葉にしてぶつけた方が男の人は判りやすくていいんだろうか。
私はどうしてもそれができない。
「何っ!?」と思ってもぐぐっと飲み込んでしまう。最終的には自分のふがいなさに腹が立つ。上手に怒るって難しい・・・。
自分のことをわかって欲しいと思う気持ちは、きっと人一倍強いんだろう。
でも、相棒にわかってもらうには300年くらいかかりそうな気がするの。私、自分のことを伝えるのがヘタ過ぎる。
だからいつもこんな風になった時、わかって欲しいと思うのがいけないんだと自分を戒める。もっと強くならなきゃ、もっと器の大きな人間にならなきゃ・・・。
んで、ひとりでだーだー泣いて、泣き疲れて眠るのがパターンっす。進歩ねーよー!!!オレのこと笑ってくれよー!!!
プシュー・・・・
バネが外れて、煙が出ました。
終了。
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充電中。
2004年3月2日ほえ〜 大阪に帰ってきた〜・・・昨日だけど。
今日はいつも通り仕事をした。相棒は出張で今夜は帰ってこない・・・若干、嬉しい。ちびっと、寂しい。
ということで、
久しぶりの1人の時間を楽しむことにします。
あとは秘密のみ・・・カンベンしてちょ♪
今日はいつも通り仕事をした。相棒は出張で今夜は帰ってこない・・・若干、嬉しい。ちびっと、寂しい。
ということで、
久しぶりの1人の時間を楽しむことにします。
あとは秘密のみ・・・カンベンしてちょ♪